黒 の 主 〜運命の章〜 【29】 「やべぇっ、部屋を出た方がっ――」 いい、と言う前に椅子がこちら目掛けて飛んできて、エルは言葉を最後まで言い切れなかった。 「危ないっ」 ウラハッドがそれを剣で叩き割って落としてくれる。けれど椅子は一つじゃない、というか他の家具も全部がガタガタと震えて……いやもうこれはダンスでもしてるのかというくらい、あきらかにその場で小刻みに動いていた。 「いやー、誰か来てーーー」 アリエラの悲鳴と共に、エルに向かって何かが飛んでくる。それをまた長棒ではたき落とすものの、部屋の中ではこの武器を自由に振り回すのは難しい。見ればウラハッドも何かを叩き落としたようで、エルは声を張り上げる。 「おい、大丈夫か?」 「あぁ、こっちは大丈夫……うっ」 言っている間に飛んできた人形を彼は受け止める。よくこんな気味の悪いのを掴めるもんだ――と思って見ていたエルは、背中からぶつかってきた何かのせいで前に吹っ飛ばされた。それでどうにか丁度いい場所にあった天蓋付きベッドの柱に捕まったら、今度は上から垂れてる布が動いてエルを叩いてくる。 「いて、ゴホ、てててゴフッ、ゲホッ」 布だから痛いといってもそこまでではないが、埃が舞うから咳き込むのは仕方ない。とにかく急いでベッドを離れればまた何かが飛んでくる。 「ったく、何だよこりゃっ、ゴホ」 「さぁ、何が何やらっ」 怒鳴っても収まる訳はなく、ウラハッドと二人してエルは部屋の家具達と戦う。 魔法の仕掛けか何かか? とも考えたが、盗賊対策の魔法だとすればありえそうな気はしても、入口で立っているアリエラが何も言わず青い顔をしているだけな段階で魔法は関係ない気がする。 「あ、マジィっ」 そのアリエラに何かの箱のようなものが飛んでいく。エルは急いで彼女の方へ向かったが、その前にウラハッドが彼女の前に立って、顔を覆った腕でそれを受けた。 「あーもうっ、勘弁してくれ、よっ」 文句を言いながらもやはり飛んできたものを叩き落とす。一体いつまでこうしてればいいんだと思ったところで、部屋の外からこの状況に似合わない冷静過ぎる声が聞こえた。 「誰かが魔法を使ってるのか?」 その声の主が誰か分かったエルが扉の前を見れば、見慣れた黒くてデカイ影が小柄な少女の横に立っていた。 「ったくおいっ、見てないで助けろっ」 あいつならなんとかしてくれる――感覚的にそう思ってしまったエルだが、考えればこの手の事はあいつの専門外じゃねぇかとも思う。ただこっちの言葉が聞こえている筈なのに当のセイネリアは動かなくて、何してるんだとまた口をエルが口を開こうとすれば。 「とにかく、部屋から出てこい」 やっぱり冷静過ぎる声がそう言ってきて『はぁ?』とは思ったエルだったが、とにかく頭を守って今度は一目散に入口へと向かった。ウラハッドも同じく一緒に向かう。 ただエルが驚く事になったのは部屋を出てからの事だった。 「え?」 ウラハッドと二人して部屋を出た途端、ガシャガシャすごい音がしたと思ったら急に静かになった。 そっと振り向けば、部屋の中にもうモノは飛んでいなかった。あちこちに落ちて荒れている部屋の状況は確かに先程までの様子を伝えている……が、今その中に動いているものはなかった。 ――だから、なんだよこれ。 放心して部屋の中をただ見ていれば、セイネリアが一歩中へ入る。おい、と彼を止めようとしたが、彼はそれ以上中へ行こうとはせず、部屋の中はまだ静かなままだった。 「何がありましたかぁー?」 そこへ聞こえてきたのはのんびりとした緊張感の欠片もない声。顔を向ければそれはラスハルカで、後ろからは嫌そうな顔をしたクリムゾンも見えた。ただし彼等と一緒の筈のサーフェスは見えなかった。 まだどこか放心していたエルの前を通って、ラスハルカは部屋の中を覗いた。そこでやっとエルは頭が動き出して彼に言う。 「この部屋に入った途端、椅子やら棚が勝手に浮いて、こっちにぶつかってきやがったんだよ」 ラスハルカがこちらを見る。彼はやれやれと肩を竦めてからまた部屋を見る。 「それはですね、ここに住んでらっしゃる方が貴方に出ていけって言ってるんだと思いますよ」 --------------------------------------------- |