黒 の 主 〜運命の章〜





  【19】



「あんたは、能力の割りには『若い』ようだな」

 セイネリアの言葉に、メルーは目に見えて不快そうに眉を寄せた。

「……それは嫌味かしら?」
「いや、考え方がいかにも年寄りに嫌われそうな若手っぽい、という意味だ」

 弟子から『オバサン』扱いであるから、若く見せているのは確かだろうが脳ミソにカビが生える程生きてはいないというところだろう。セイネリアの事を知らなかったのも、幹部連中には入れて貰えない程度の地位しかない、という事でもある。

「まぁそれは……上の連中と比べたら若いわよ、あいつらはもう化け物ですもの」
「みたいだな」

 少し拗ねたように腕を組んでそっぽを向いた女に、セイネリアは笑う。だが女はそこでまたこちらの正面を向くと、ギラギラしたいかにも野心家の目で言った。

「ねぇ、貴方なら気付いたんじゃない? 魔法ギルドが樹海に何かを隠しているって事を。だからこそ、冒険者制度が出来てからこれだけ経っても調査が進んでいないんだって」

 セイネリアは僅かに目を細めて女の顔を見た。そして直感的に思う……おそらくこれは魔法使いの秘密に関わる内容だと。これをそのまま聞いたら戻れなくなる可能性が高い。

「つまり今回の遺跡探索は、本来は魔法ギルドで禁止されてる、という訳か?」

 だから余計な事を聞く前に結論を言えば、メルーは目を大きく見開いた。

「えぇそう……やっぱり貴方頭がいいわね」

 そうして馬鹿にするようにくすくす笑いだしてから、彼女はまた足を組み直すと椅子にゆったりと座ってこちらをじっと見つめてきた。

「私は知りたいの。伝えられている話の事実を、失われた技術を、理論を。皆が蓋をして忘れようとしている中にはきっと誰も知らない知識がある筈よ。それにただ時を待つだけではなく、本当に変化を求めるなら積極的に動くべきだわ。ヒントがあるかもしれないのに大人しく見ないフリなんて私はしない」

 それでセイネリアはここにいる状況を大体を理解した。
 この仕事は本来魔法ギルドでは禁止されているものである――これはまず確定だろう。それでもこの女魔法使いはどうしても知識を得たくてこうして調査にきた、というところか。
 だからセイネリアもまた、椅子に背を預けてわざとゆったり腰かける。

「で、俺をここに呼び出した理由はなんだ?」

 女は笑う、ランプの明かりに光る赤い唇をまた吊り上げて。白い胸がよく見えるように腕を下ろしてまたこちらに身を乗り出し、まるで獲物の狙う前の猫のような目をこちらに向ける。

「ねぇ貴方、私につかない?」
「どういう意味だ?」

 この言葉自体は、セイネリアにとって想定内ではあった。

「貴方、珍しいくらい魔力がないのよ」
「そうなのか、そもそも使おうと思った事がない」
「だから貴方がいればあいつらに対抗できるんじゃないかと思うの」
「あいつらというのは魔法ギルドか?」
「えぇそう」

 女は笑っている、視線を遠くに向けて自分に酔うように。セイネリアはじっと女を見た……今のが本気の発言である事は確かだろう。

「魔法っていうのはね、より強い魔法で打ち消せる――だから当然魔力が上の者には敵わないわ。けれど逆に魔力がなさすぎる者も割と厄介なのよ」
「そうなのか?」
「えぇ、少なくとも操る系の術とか、相手の魔力に働きかけるような術は効かない。なによりそれと……」

 女の誘いは相当に危険な事は確かだろう。勿論大人しくのってやる気はないが、のるフリをして女から出来るだけ情報を得てはおきたい。

「それと?」

 だから興味がありそうに聞き返せば、女は笑って答える。

「魔法使いが苦手なモノを苦としないのよ」

 セイネリアは片眉を跳ね上げた。さすがにこの女も馬鹿ではないか。

「……例えば?」
「それは内緒ね」

 やはり教えてはくれないかと思っても、この女魔法使いに対して興味を持った事は確かだった。彼女の側についてやる気は今の時点ではないが、この女の野心は嫌いではない。時を待つだけの老人達を後目に、自ら禁をおかしてでも動くその行動力は悪くない。

 女は笑うと、またゆったりと椅子に座り直し、殊更足を大きく上げてまた組み直した。スリットは完全に開ききって布は彼女の足の間に全て落ちている状態だ。だから両足とも、ランプの灯りに太腿からつま先まですべての肌が晒されている。薄い下着のような服は透けているから服の上からでも彼女の体形、膨らんだ胸から腰へとくびれるその曲線はハッキリ見える。

「ねぇ、私は魅力的ではないかしら?」

 女は髪の毛をかきあげて、少し上目遣いでこちらを見て言った。その容姿の割りには少しぎこちなさもある辺りがおもしろい。おそらく彼女は何よりも知識欲を優先して生きてきたのだろうから、この手の経験は知識だけの可能性が高い。

「そうだな……」

 もし今、この部屋に入った時の気分のままだったならセイネリアはここでまた茶化して部屋を去っただろう。けれど今は少し彼女に興味が湧いていた、だから――。

「あんたは結構『いい女』だと思うぞ」

 言えば、女は嬉しそうに笑って目を閉じた。伸びてきた白い手がこちらに触れる前にその腕を軽く掴んで止めると、セイネリアは目の前にあるその指のほんの先だけにキスをして、それから舌を出して舐めた。




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