黒 の 主 〜運命の章〜 【18】 アリエラを部屋から追い出すと、女魔法使いは偉そうに椅子に座ったままセイネリアに自分の向かいの椅子へ座るように言ってきた。恰好は服……というよりどう見ても生成りの丈が長い下着一枚を着ただけの姿で、ランプ台の前にその白い姿を晒している。 とりあえずここに来た段階で基本は向うの言う通りにしてやるつもりなので、セイネリアは部屋の中を見ながら椅子に座った。 「暗いんだもの、傍に来ないと顔が見えないわ」 「そうだな」 さすがに古すぎるのもあってこの家には使えそうなランプ台はなかったから、ランプ単体の明かりだけだと部屋全体を照らす程明るくはならない。特にこの部屋は中央の部屋以外では一番広いため、ランプが置いてあるアリエラの傍以外はかなり暗くなってしまう。ただ彼女の近く、仕事机らしいところには家中からかき集めた本や資料が乗っているのが見えた。読んでいる最中だったらしい本もいくつか広げられていたから彼女はさっきまでまた本を見ていたのだろう。なにせここを調査している間、見つけた本を彼女が一々確認しては夢中で読みふける……という事が度々あって、そのせいで時間が掛かってしまったのだから。 ――少なくともこの女は、やたらと探求心と知識欲が強いのは確かなようだ。 彼女が何かを隠して企んでいる、というのは確信しているが、その理由はきっと単純に彼女の知識欲を満たすためのものだとセイネリアは思っていた。言動の我が儘さであの魔女のような性格を想像したが、それよりはずっとスレていなくて……何より悪意がない。 勿論、悪意がなくても人を平気で殺せる人間もいる。ただ現在、最初の印象よりもこの女の事をセイネリアは悪く思ってはいなかった。 「残念ね、お酒を持ってくるべきだったわ」 「飲みたいのか?」 聞き返せば女は笑って、座ったまま軽く横を向いて片足をゆっくり宙を蹴るように上げた。スリットが開いて布から太腿が露わになる。その足をゆっくりもう片方の足に乗せて組むと、女はちらと思わせぶりな視線をこちらに投げてからふぅと小さく息を吐いた。 「そうねぇ、飲みたいというより飲ませたいわね」 言い終わると同時にこちらを向いて、くっと紅い唇を吊り上げる。 「半端な量の酒じゃ、俺は酔わないぞ」 「ふふ、確かに強そう」 そこで女はクスクスと声をあげながら足を組み直して妖艶に笑う。下着だから当然とは言えるが服の胸元は大きく開いていてそれを隠そうともしない。そういう意味で誘っている事は間違いないだろう。 だがそれを分かっていて、セイネリアは窓の外から僅かに見える月に視線を移した。 「ねぇ……」 暫くはそれでも黙っていた女だったが、流石に放っておけばしびれを切らして向うから声を掛けてくる。 セイネリアが女の方を向けば、彼女はわざと身を乗り出して前かがみぎみになってこちらを見上げてくる。そうすればただでさえ開いていた胸元の布が下へ膨らんで空間を作り、そこから服の中身が見えた。布に隠れた部分もランプの灯りで透けてその形がハッキリ分かる状態だから、実質裸で話しかけてきているのも同じだ。 「私を魅力的だとは思わないの?」 セイネリアはそれに軽く口元だけで笑う。 女の顔に苛立ちが浮かぶ。だがそれだけでなく少し不安そうにも見えるところからして、実はこの手の事に慣れていないというのがセイネリアには分かった。 「そうだな、悪くないとは思うが……まだ分からない、だな」 「どういう事?」 セイネリアの返事には、彼女は明らかに眉を寄せてこちらを睨んできた。 「見た目だけのいい女ならいくらでも見てるからな、俺としてはあんたの中身に興味がある」 「中身?」 「あぁ、実を言うと俺は魔法使いが嫌いなんだ。だがあんたは典型的な魔法使いのように見えて俺が知っている魔法使いどもとは少し違うようにも見える。だから、あんたがどういう人間なのか知りたい」 それにはメルーも明らかに驚いた顔をする。やはり彼女はセイネリアの事を魔法ギルド経由で知った訳ではないらしい。であれば魔法とは縁のなさそうな男が、複数人の魔法使いを知っているような事を言えば驚くのは当然だろう。 「そう……思った以上に、面白い人なのね、貴方」 そう言った彼女の声は冷静で、そうしてその表情も先程とは違って感情が見えなかった。ただ目だけは鋭くこちらを見ていて……いわゆる計算高い女の目というやつだ。 「そうね……多分、貴方とは違う意味でしょうけど、私も魔法ギルドの連中は大嫌い。秘密主義で保守的で、カビが生えたような考え方ばかりであれもこれも禁止して変化を許さない」 「成程、それは分かる」 一般人でも当たり前に知っている魔法使いに関する不気味な噂といえば『見た目通りの歳だとは思うな』だ。魔法使いは若く見せる事が出来る、寿命を延ばして長く生きている者もいる……皆当たり前に知っている事だが、それが本当だと思っているものは多くない。なにせ魔法使いは一般人にとっては謎の存在すぎて、あくまで自分達とは違うところで生きている連中扱いだからだ。 ただ実際のところ、魔法使いはその気になれば簡単に寿命を延ばして若さを保つ事が出来る、というのをセイネリアは知っている。 また他人の命を吸うなんて方法でなくても、一般人が思っているよりずっと長く生きてる連中は多い、それも知っている。 そしてそういう長生き連中が魔法ギルドというものを牛耳っているのなら、保守的で慎重になるのは当然だろう。 --------------------------------------------- |