黒 の 主 〜運命の章〜





  【15】



 相当に古い家だが魔法使いの家だけあっていろいろ家を守る魔法が掛かっていたらしく、家の設備は思った以上にそのまま使えた。家のほぼ中央にある広い部屋は暖炉がマトモに使えた為、皆で集まって話したり食事をするのは自然とその部屋になった。

 ここ以外に寝室として使えそうな小部屋は3つだったから、パーティーの指示役であるエルがこの部屋で寝る事になるのは理に適っている。アリエラがメルーと同じ部屋になったせいでウラハッドとクリムゾンがあぶれてしまったから、本来なら二人を組ませるところだろうが……まぁこれくらいなら不自然だと思われる事もないかとエルは思う。

 なにせこれはチャンスだ。他の人間には出来るだけ話を聞かれたくない事情がある、こうして各自別部屋に隔離されるなんて機会はそうそうにこないだろう。

「これだけ入れておけば当分火は持ちそうだね」

 言ってウラハッドが暖炉から離れたから、エルは部屋全体に重ねて敷かれた布を平らにならしながら彼に礼を言った。

「あぁ、あんがとよ」

 そうして座り込めば丁度彼も座ったところで、エルは思い切って彼に聞いた。

「ウラハッド、あんたは樹海の仕事は初めてなのか?」

 最初はいかにも世間話のように。まずは話の流れを作らなくてはならない。

「あぁ……樹海の仕事はなかったかな」
「でも森の仕事はやってんだろ?」
「そりゃね、森の中で何日も過ごすような仕事は結構あったよ」
「だよな、上級冒険者なんだし、そういう仕事は当然かなりやってきたよな」

 自然に、いつも通りの軽さで笑ってそう言ったのに……ウラハッドの表情がそこで曇った。

「上級冒険者か……そうだね」

 ウラハッドの顔には明らかに自嘲が浮かんでいる。まぁ確かに上級冒険者らしく見えないという自覚はあるのだろうが……事情はそれだけではないように見えた。

――やっぱり、ソレもあの事件と関係してるのか。

 彼が上級冒険者になったのはある事件の直後。確かにそれまでの彼の仕事経歴からして上級冒険者になっても不思議ではなかったが、タイミング的に疑う点がある。
 しかも折角冒険者になったのに、この男はその後からロクに仕事をせずに身を隠し、たまにどう考えても危なすぎる仕事を受ける時だけ姿を現すようになった。まるであの事件が切っ掛けで死に場所を探しているように。

「――なぁ、ウラハット。俺はあんたにちぃっとばかり聞きたい事があるんだ」

 思い切って言い出せば、ウラハッドはその生気のない目をこちらに向ける。やはりこれは人生を投げている者の目だ、死に場所を探している人間の目に間違いないとエルは思う。
 だからエルは聞かねばならない、そのためにこの仕事を受けたのだ。

「1年前にあった貴族の襲撃事件の事だ、あんた一人だけが生き残った、な」

 その事件はある高位の貴族が知人の領主のもとに向かう道中で起こった。勿論地位があるからこそ警備は厳重で、馬車の周囲は自分の直下の近衛兵や騎士に守らせ、その周りを雇った冒険者達に守らせていた。
 ところがその冒険者達が裏切った。
 近衛兵達と戦って雇い主であった貴族を殺し、だが結局は近衛兵もその冒険者達も共に全滅した。生き残ったのは護衛として雇われた冒険者の一人、その場から逃げたこのウラハッドだけだった……と記録としてはそう残っている。

「あんたの証言って奴が、俺にはどうしても引っかかるんだ。だってそうだろ? 両方が全滅するまで戦い続けるなんて正気ならあり得ない。あんたなら何か知ってると思ったんだが」

 そう――魔法で操られて同士打ちさせられたとかでもない限り、少なくとも最後の一人は生き残る筈だ。
 それに逃げたこの男だけは主を襲う計画に関わっていなかったというのも都合が良すぎる、明らかに変だ。

「お、お、俺、は……」

 案の定、ウラハッドの顔は蒼白になって目の焦点が合わなくなる。脂汗を流して震えだすのまで見れば、なにか裏があるというエルの予想は正解と見ていい筈だった。
 けれど、更に追及しようとエルが口を開きかけた途端、思ってもない方向から思ってもない人物の声が上がった。

「まーったく、何がゆっくりよあのおばさん」

 エルは急いで視線を向ける。
 声の主は聞いた時点で分かってはいたがアリエラで、だがここまで見ていたイメージとはまったく違ったその様子にエルは混乱した。




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