黒 の 主 〜運命の章〜 【14】 アリエラは思った。このおばさん、何こんなとこで色気づいてんのかしら、と。 師であるメルーとアリエラが使う事になったこの部屋はこの家の元の主――つまり魔法使いの自室だったところらしく、アリエラが入った時には既に部屋の中にあった魔法の資料をかき集めて山のように置いてある状態だった。メルーはずっとその本を見る事に夢中で、アリエラはその間にベッドを掃除して使えるようにし、それから師の足を洗って髪をとかして寝る時用にまとめて……と、弟子として普段メルーの家でやっているのと同じ事をした。 ――本気でこのおばさん、私をただの召使いと思ってるわ。 どうせ本を読むのに夢中で分からないと思うから、アリエラは遠慮なくメルーを睨んだ。 それでも一応、彼女を師としてハズレだとか、魔法使いとしての彼女の実力をけなす気はなかった。なにせこんな特殊なアリエラの魔法適正を割とあっさり見つけてその能力を伸ばしてくれたし、人間としては生活力ゼロのダメ人間でも魔法使いとしては常に研究をしていて、呆れるくらい地道な事もやっているしとそこは尊敬も出来る。 ただどうやら聞いた話では、彼女は相当に小さい時にその素質を見出されて魔法使いに弟子入りしたという事で、人とのコミュニケーション能力とか、それ以前に人としての常識とかも……まぁとにかく、そういう人間らしいところオカシイ。 そしてどうやら、そうして普通の子供時代や少女時代を過ごさなかった反動もあってなのか――今になって『女』らしく色気づいているのだ、このおばさんは。 ただ実はこれはアリエラに原因があったりする。なにせ彼女にオシャレを教えたのは他でもないアリエラなのだ。 弟子になったばかりのころ彼女に気に入ってもらおうと、髪を結ったり爪を整えたり簡単な化粧をしたり……とやってみせたらいつの間にかそれが自分の仕事になって、更にはメルー自身それで自分を飾る事に目覚めて色気づき出した……という訳なのだ。 ――まぁそりゃ、ゴミに埋もれてボサボサバサバサの雑巾みたいなのをお師様と呼ぶより、それなりに美人に見える女魔法使いの弟子っていう方がいいけど。 「アリエラ、次は化粧道具をとって頂戴」 そうして、これで後は寝るだけかと思ったらそんな事を言われて、内心アリエラは『はぁ?』と思って師の顔を見直した。 「あの……寝る前ですが、化粧道具、ですか?」 「そうよ」 やたら機嫌よくにっこり笑って言う彼女に、とりあえず持っては行ったが……鏡を見て化粧をしだしたかと思えば髪に飾りをつけたりしだしたメルーを見て、アリエラはかなり嫌な予感がしていた。 そうしてその予感は部屋のノックの音で確定する。 ドアを開けたその先には今回の面子の中でも一番背の高い黒い男が立っていて、それを見た途端メルーは嬉しそうな笑みを浮かべて言ったのだ。 「ちょっとだけ待ってて頂戴、すぐ終わるから」 黒い男は文句もいわずあっさり了承してその場に立っている。勿論アリエラは急いで師のところへ行って、どういう事なのかと男に聞こえないよう小声で聞いた。 そうして結局……アリエラは、部屋から追い出される事になったのだ。 割り当てられた部屋に入ったセイネリアはまず窓を開けると、とりあえずラスハルカと一緒にベッドらしきものの上や、荷物を置く場所等、最小限の場所を片づけて軽く埃を払ったりした。 それが終わって一息ついてから、改めて窓のところへいって外を眺めた。 家の前は木が伐採されて少しひらけた庭のような状態になっていて、そのせいで空を見れば月がかろうじて見えた。 「ベッドは使えそうですね」 振り向けば、ラスハルカがベッドに座ってのんびり背伸びをしたまま倒れ込んでいる。そのあまりにもくつろいだ様子に、セイネリアは口元を皮肉げに歪ませた。 「得体のしれない魔法使いの家で、随分気楽そうじゃないか」 「そりゃあ、ここには悪意がありませんから。ここを使っていた魔法使いは結構マトモな人間だったようですよ」 「何故分かる?」 「さぁ、何故でしょう?」 他の人間がいない状態で、自分に対して彼がただのあてずっぽうでそんな事をわざわざいってくる筈はない。何かしら確信出来る理由があっての発言である事は確かで、となればそれは彼の特殊能力のせい、と考えていいだろう。 モノや場所の記憶を読めるのはケーサラーの神殿魔法にあった気がする。レンファンのようなクーアの予知でも場所自体に問題があるかどうかは分かる筈だ。他にも風や大地の神の魔法でも風や土地の記憶を聞くものがあった筈で、あとはアルワナも眠りと死者の神であるから死者から話を聞く事が出来る。 ある程度の候補はあるが確定まではしていない。とはいえこの段階でも、セイネリアとしてはほぼこれで決まりだという予想はあった。 だが、そうして窓の傍に背を掛けていたセイネリアの耳に、唐突に聞こえる筈のない音が聞こえた。 『話があるの、部屋にきてくれないかしら?』 それはメルーの声で間違いない。 魔法使いには一応慣れてはいるセイネリアであるから驚きはしなかったが、誰もいないのに耳元で囁かれるようなのは気味が悪い。ただ勿論、ここまでハッキリ聞こえた声に気のせいなんて思う事はない。すぐに窓から離れて歩きだす。 「どうしたんですか?」 「いや、メルーに呼ばれていたのを思い出した。気にせずあんたは寝てていいぞ」 ラスハルカはそこで苦笑する。 「魔法使いの誘いなんて怖そうですね」 「だが女の誘いを断る訳にはいかないだろ?」 ラスハルカは肩を竦める。セイネリアは彼に片手を上げて部屋を出た。 --------------------------------------------- |