黒 の 主 〜運命の章〜 【16】 「あ、そうそう、エルさんも居たんだったわね。ごめんなさい、あの女の前じゃ猫かぶんないとならないのよ」 「あ、あぁ……」 そうして乱暴な足取りで近づいてきた彼女は、暖炉の前に陣取って座った。 「どうしたんだい? 一人で寝たいからって追い出されたのかい?」 そうアリエラに声を掛けたのはウラハッドだ。考えれば火の見張り番として一緒に組んでいた訳だから、彼が彼女の『素』を分かっていたとしても不思議ではない。ただ……先程の追い詰められた表情から一転して穏やかに話しかけるその姿を見れば、エルとしてはもう例の話を続けるのは無理かと思うしかなかった。 「ちーがーうーわよ。いえ、追い出されたってとこだけはあってるけど」 仕方なく二人の話を聞くだけの側に回ってエルは横になった。ウラハッドはどうやら彼女とはかなり仲良くなっていたようで、先程まで生きる屍のようだった彼の顔が僅かに笑みを浮かべていた。 だが、もう諦めて寝るかと思った矢先、エルは続く彼女の発言で顔を引きつらせる事になる。 「あのおばさんさ、男引き込んで私には他の部屋で寝ろっていうのよ」 聞いた途端、エルは思わずバカみたいに裏返った声を上げた。 「男ぉ?」 言ってから口を押さえて、それから二人の視線を感じて頭を押さえる。 「あー……なんか俺分かったわ、その連れ込んだ男ってセイネリアだろ」 「そ、あの黒い人」 アリエラの即答に乾いた笑いが出る。 またかよ、と呟いてエルは溜息をついた。 セイネリアの事であるから今更驚きはしないが、あの魔法使いと寝る気なのかと思えばいろいろな意味で『うわぁ』としか思えない。 十中八九誘ったのはメルーの方だとは思うし、セイネリアは誘われたら基本断らないし、恐らくメルーの意図を探るのに丁度いいくらいに思ってそうだが……寝てる間に何されるか分かったモンじゃない女魔法使いと寝ようと思うあの男の気持ちが分からない。 ――本っ当にあいつは、ヤバイと思うもの程喜んで誘いに乗るからな。 おかげで彼と組むと毎回肝が冷える……かつてパーティーを組んでいた時の事を思い出して、エルはなんだかなつかしさに笑ってしまった。 ――騎士様になっても、やっぱ相変わらずだな。 その変わらなさが心強くて、久しぶりに彼に会ったあの日……内心やたらほっとしたことを覚えている。彼が仕事を了承してくれた事でさらにほっとして、ちょっとばかり思考が落ち込みそうになっていたのが随分前向きになれた。 まったくあの男に関しては『こいつがいればどんな状況になってもどうにかなる』と思えるのだから凄いとしか言い様がない。 ――ただまぁ、気にくわない奴はさくっと見捨てるんだよな。いやだからって雇い主を見捨てたりはしねぇよな、いくらあいつでもよ。 エルが知るセイネリアは誘ってくる女は基本拒まないが、かといって情を掛けることもなく役立たずはあっさり見捨てる。 メルーがセイネリアを誘ったのもどうせ一番強そうだから自分を守らせよう……なんてあたりの意図だと思うが、もしセイネリアが彼女を気に入らない役立たずだと思ったらヤバイ、あの男はあっさり見捨てる。それでも雇い主は別だと思うし、彼女がいないと道が分からないのだから大丈夫だ……とは思うのだが。 「あのおばさん、あーゆー強そうな男がいいんじゃないって、ぎらぎらした目で化粧してたわ。気持ち悪いわよね、本当の年齢なんておばさんじゃなくおばーさんのくせにさ」 不安があると言ってもエルはセイネリアを止める気なんてある訳はなかった。それにどうせこの分ではアリエラは朝までこの部屋だろう。となれば諦めて、エルは話している二人に背を向けるとさっさと寝る事にする。 「まぁ、女性はやはり強くて自信のありそうな男が好きだからね……」 「ふぅん、実感篭もってるじゃない。そうね、あーゆーのが好みかどうかはともかく、はっきり言っちゃうとおじさんみたいに弱気そうなのはモテないわね」 ただ聞こえてきたその会話には吹き出しそうになって困った。 いかにも気の強そうな少女の言葉はあまりにも正直すぎる。こういう歯に衣着せないような話し方は聞いてて気持ちが良いくらいだ。 「うん、まぁ、そうだね。俺には強さも自信も何もかも足りなかったのさ……」 「はぁ?」 半分説教をするような表情でウラハッドを見ている少女の様が想像出来て、エルは寝ようと思ってもつい話を聞いてしまっていた。 --------------------------------------------- |