黒 の 主 〜運命の章〜





  【10】



 順番的に一番最後となる見張り番としてセイネリアが交代した時、それでもまだ辺りはただの暗闇だった。
 場所が場所であるから、日が登って辺りが明るくなったら起きて、日が落ちる前に行動を止める。暗い内は絶対に行動しない代わり朝早く出発するのが冒険者の現地行動の基本だ。
 一番最後の番は途中で起こされてまた寝るという事はないから、単に皆より早起きをするのと変わらない。逆に最初の番は遅く寝るだけだから、最後と最初を割り当てられた人間は比較的休み易い。勿論不公平になるから日によって順番はローテーションで変えていく事になる。

 セイネリアが見張りとして組む事になったのは、ラスハルカというまったく強そうには見えない戦力枠の男だった。それでも彼が本当に上級冒険者なら使えない筈はない。
 一応ここまで言動を観察したところでは、低姿勢でおしゃべりな雇い主の話し相手役……というのが彼の評価である。ただ低姿勢で自らもあまり腕に自信がなさそうな事をいう割りに、彼にはそこまでびくびくした様子はなかった。本当の臆病者ならこの暗闇の中、動物達の声やそれらが立てる物音等、そういうのが聞こえる度に一々反応してしまうものだ。だが彼は動じない、かといって鈍感という事もなく、攻撃的な動物の鳴き声等、警戒した方がいい音には反応している。
 つまり、ちゃんと警戒すべきものとしなくていいものを判別しているという事だ。

――思ったより、面白い男みたいじゃないか。

 しかも昼間はさんざんおしゃべりぶりを見せてくれたのに、こうして火の番になってから彼は殆どセイネリアに話しかけてこない。かといってこちらにまったく興味がないとか、こちらに怯えているというのでもないらしい。
 なにせ、彼は常にこちらに意識を向けている。焚火の炎をぼぅっと見ているように見えて、セイネリアが動く度、彼も微かに反応している。瞳は炎を映しているように見えても、実際彼が見ているのは自分の事だとセイネリアには分かっていた。だからそろそろ聞いてみてもいいだろう。

「俺を見ていて何か面白いか?」

 まだシラを切り通すかとも思った男は、諦めたようにこちらを見て言ってきた。

「面白いですね。貴方くらい自分というものが強すぎて、周りの影響を気にしない人は」

 口調が明らかに違う。はっきり落ち着いた声は、間延びした気弱そうな昼間とは違う人間のようだ。

「なんだ、さすがに演技はやめたのか?」

 揶揄うようにセイネリアが笑えば、相手は肩を竦める。

「えぇまぁね。この場面でまで演技してたら、貴方は私と話す価値もないと判断されるでしょうからね」
「ほう……」

――やはり、面白い。

 実を言えばこの時点で、セイネリアは彼の正体自体はある程度想像がついていた。メンバーの中で目立たないように見える性格、どちらかといえば舐められるような言動、それでいて依頼主から話を聞いていても不自然に見えない――どこかから何かを探るために送り込まれてきた人間と考えれば合点がいく。

「なら、何処の手の者かくらいは話して貰いたいものだな」

 それには彼も困ったように苦笑した。だが目は笑っていない。昼間の気弱で人の良さそうな男の顔ではなかった。

「さすがにそれは勘弁してくれませんか。ただ、私は単なる報告役で、それ以上の何者でもない事は約束します」

――さてどうするか。

 あっさり自分の正体を認めたところからすれば信用してもいいようには思えた。というかその程度の役目しかないからこそ、セイネリアなら見逃すだろうと見越して正体をバラした、と考えたたほうがいいだろう。なかなか頭のいい男だと思える。

「随分あっさりと間者だという事はバラしたんだな」

 今度は茶化すようにそう言ってみれば、ラスハルカはにこりと笑ってみせた。

「えぇ、貴方には言っとこうと、初めて見た時から決めてましたから」
「何故だ?」
「言ったでしょう、私は最後まで見届けないとならないんですよ。危ないからと逃げる訳にもいかなくてですね、そうなるとこんな状況でも生き残る手段を考えないとならない訳です」

――成程、筋は通っている。

「俺におべっかで取り入ろうという事か」
「そうですね、それで生き残れるなら何でもやりますよ」
「俺はおだてられて気に入ったりはしないぞ」

 お互い口だけに笑みを浮かべて腹を探りあう。これはなかなか肝が据わったそれなりの手練れの顔だとセイネリアは思う。何か特殊な能力持ちという予想もおそらく間違いないだろう。

「それも分かってますよ。おべっかだけの無能じゃ貴方は歯牙にもかけないでしょう。……ちゃんと役に立つ自信はありますよ、私は」

 言いながら暗闇を背後にまとって笑う男は、自分とは違う意味で闇が似合い過ぎた。




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