黒 の 主 〜運命の章〜





  【11】



 翌日はエルの言った通り一日中樹海を歩く事になった。
 前日前半はちゃんとした道を歩いていたが、今日はずっと道なき道を行かねばならない。人が入っていない森は歩き難く、途中大きな倒木や岩を越さねばならない事もあった。藪やらで前が塞がっている場合はセイネリアが切り倒して道を作った。場所によっては魔槍を呼べば楽だと思う時もあったが、そもそもここで呼べるのかが怪しいとセイネリアは思っていた。
 樹海は魔法が効かない場所が多数存在し、魔法の方向が捻じ曲げられるような箇所もある……というなら、呼んでもこれない可能性も高い。一度試しに呼んでみる事も考えたが、メルーには出来れば魔槍を見せたくなかったし、毎回あの槍に頼るのも嫌だったのもあって今回セイネリアは魔槍を使わないつもりだった。

「全ッ然進めないわね」

 倒れた木に座り込んでメルーが悔しそうに言う。他の面々はその彼女を見て、誰のせいだ、という顔をしていたがこの我が儘な雇い主がそれに気づきはしないだろう。

 とはいえ確かに今日は出発してから距離的にはさほど進んではいなかった。ただそれはそれでセイネリアとしては想定内ではある。体力のない女魔法使いを連れている段階でこうなるのは目に見えていた。むしろ、それを考慮すれば思ったより進んだと思うくらいだ。

「早く進みたいならここでの休憩は我慢しろ、もう少し先に水場がありそうだ」

 セイネリアの言葉に、メルーに合わせて休憩を取ろうとしていた連中が立ち上がる。最後まで座っていたのはメルーだが、彼女も全員が立ち上がったのを見れば仕方なく立ち上がった。
 どうやら昨日、きちんとした『道』を歩いていた時に雑談をしまくって随分余裕があると思っていたのは魔法を使って楽をしていたせいらしい。今日も障害物を超える時等、魔法が使えそうだと分かった場所では喜んで術を使って楽をしていた。
 ただそう考えれば。

「弟子の方が体力があるみたいだな」

 呟けば、メルーがこちらを睨む。

「そら普段から雑用押し付けられて働いてるからだろ」
「若さだな」

 次々と他の連中がそう言うのを女魔法使いは一々睨んで、ただ体力が勿体ないとでも思ったのか怒鳴って騒ぎはしなかった。

「どうしても歩けないというなら俺が担いでやってもいいぞ」

 試しにセイネリアが言ってみれば、後ろから『本当に?』と女魔法使いの声がする。
 だが直後にセイネリアのすぐ後ろから声が上がった。

「やめとけ、本気で荷物みたいに肩に担がれンぞ。しかも何かあったらやっぱり荷物みたいに放り投げられる、こいつはそういう男だ」
「それは仕方ない」

 エルの言葉にセイネリアが付け足せば、ラスハルカやサーフェス、アリエラがくすくすと笑う。馬鹿にされた女魔法使いはさすがにそれには怒鳴ってきた。

「いいわよ、歩けばいいんでしょ、ちゃんと歩くわよ」

 どうやら思ったよりも根性はあるらしい。魔法使いの印である大きな杖を地面について、彼女は不貞腐れた顔をしながらも歩き出す。よく見れば昨日はつけていた髪の飾りを今日は付けていなくて、おまけに髪の毛も編み込まずに後ろで一つに纏めているだけだった。

――どうやら本気でがんばるつもりはあるみたいだな。

 セイネリアは多少メルーを見直した。勿論魔法使いは嫌いだが、目的のために努力しようとする人間は嫌いじゃない。







 2日目はまた野宿をして、3日目。
 前日と同じ森の中をまた歩き出した訳だが、途中、今日2度目の方向確認用の石を投げたあとからメルーの様子が変わった。
 まだ出発して大した時間が経っていないのだからここで疲れて貰っては困るが、やけに元気に歩く彼女には疑問が湧く。昨日と違って座れそうなところを見つける度に休憩したいと言い出す事もなく、彼女はやけに急ごうとしていた。昼食の休憩さえ早めに済まそうとする彼女の様子かれすれば口に出さなくても皆思う。

 もしかして目的地が近いのか、と。

 結果としてそれは正解ではなかったが、完全な間違いという訳でもなかった。昼休憩もそこそこで歩き出して暫く後、一行は緑に埋もれてほとんど木や蔦と同化している人が作った建物らしきものを見つけた。

「なんだあれ?」
「あれが例の遺跡……じゃぁないよな?」

 わっと声を上げて皆で騒いだものの目的地ではない事はすぐに分かる。なにせ植物に埋もれて元の形がわからなくなっていると言ってもそれはどうみても『城跡』ではない。ただの家だ。

「……でもこれ、魔法使いが住んでた家だよね」

 建物のすぐ前まで近づくと、サーフェスがそう言い出した。

「壁に家の保護用の魔法陣が描かれてる。結構古そうだけどそのせいでちゃんと形が残ってるんだろうね」
「ロックランの動物よけとかじゃないのか?」
「あのさエル、もしかして僕を馬鹿にしてる? 魔法使いが見て言ってるんだけど」
「いや……すまん、悪かったっ」

 セイネリアは勿論魔法使いのものかどうかなど分からないが、かつて見慣れていた分、これがロックランの魔法陣でない事は分かる。
 とはいえ魔法使いの家であったのならどんな魔法が掛かっているかは分からない。皆警戒して一定の距離を置いて周囲を見て回っていたのだが、唐突にメルーは入口らしいところに行くと杖で扉を叩き出した。同時に小さく何かを呟くと、扉が自然と開いた。

「じゃ、行きましょうか?」

 あっさりそう言って入ろうとする女魔法使いに、エルが急いで駆け付けて彼女の手を掴んだ。

「いやいや待てって、いきなり入るなんて何があるかわかんねーだろーがっ」
「何よ、じゃぁ黙って外で眺めるだけのつもり?」
「……まずは様子見で数人だけ中へ入って調査だ。そうすりゃ何かあっても助けにいける」
「ふーん……ならまず私だけ入ってみてきましょうか?」
「一人はだめだ、ってか依頼主にンな事させれっこねぇだろ!」
「あら、この中で何か危険があるとしたら魔法的な仕掛けくらいよ。となれば魔法使いが行かないと意味ないわ」

 エルは頭を抱えて溜息をついたが、声をどうにか落ち着かせてからこちらを向いて言ってきた。

「セイネリア、頼んでいいか?」
「あぁ」

 更にそこへ、サーフェスが一歩前に出る。

「僕も行くよ。この家の主がどの系統の魔法使いか分からないし、なら違う系統の魔法使いもいた方がいいでしょ」




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