黒 の 主 〜運命の章〜





  【8】



 外部のものがまったく入ってこれないというのもあってか森の中は静かで、空も殆ど見えないような状態では何もないただの暗闇の中にいるのと同じだ。唯一目の前で燃え盛る炎のお陰で暗闇に押しつぶされなくて済むものの、この闇と静寂の中にいるのは心細過ぎた。

「ここが樹海ってせいなのか、この静かさになんか嫌な感じしかしねぇな」

 エルが思わずそれを口に出してしまえば、ちょっと離れて火を見ていた魔法使い見習いの男がすまして答えた。

「嫌な感じがして正解じゃないかな、地面の下に建造物跡がごろごろあるから昔この辺りには町があったみたいだよ。きっと死体もたくさん埋まってるんじゃない?」

 げ……と顔を顰めてエルはサーフェスの顔を見る。
 彼はそれでもやはりなんでもないような顔で炎を見ていた。

「安心しなよ、あったとしても骨も残ってるかどうか分からないくらい昔のだから」
「って言われてもよぉ……」

 エルが顔を引きつらせていれば、それにちょっと笑ったあと、サーフェスは真剣な目でこちらを見てきた。

「ねぇ、樹海にはかつて、大陸を統べる大きな国があった……って噂話があるじゃない?」
「あぁ、でもそういうのはどこにでもある話じゃね?」

 荒野だ海だ樹海だ地底だ……人が調査しきれていないところにその手の噂はつきものだ。そういうのに夢を求めて調査に行く者もいるが、エルとしては何か根拠がない限りは基本どれも眉唾モノだと思っている。
 だからそう返したのだが、サーフェスはそれにふっと笑みを浮かべてみせた。

「僕もそう思ってたんだけどね、どうやらここのは本当みたいだよ」
「なんでそう思うんだ?」
「根の深そうな木を使って地面の下を探ったんだよね」
「……ンで建物があったって分かった訳か」
「そういう事。掘れば遺跡があちこちから出てくるんじゃないかな、きっと」

 ならメルーが見つけたという城跡も本当にあると思っていいのだろう。一応6割方はそう思ってはいたが4割くらいは疑っていた。とはいえエルとしては今回遺跡発見自体ははっきり言ってどうでもよかったのではあるが。

「ただちょっと疑問はあるかな」
「疑問?」
「うん、依頼主が言う通り魔法の資料がある遺跡が本当にあるならさ、魔法ギルド総出で調査したっておかしくないと思うんだ」
「そらー……魔法が普通に使えないトコだから魔法使いには調査が難しいんじゃないか?」
「んー……そうかな、僕としては本気で調査する気があればどうにか出来るんじゃないかと思うんだけどね、それこそ今回みたく冒険者雇ってもいいわけだし」
「なら、なんかもっとヤバイ事情があるんだろうよ」
「その可能性はあるね」

 依頼主はおそらく何か隠して企んでる、皆を無事に返す気はない――というのがセイネリアの予想だ。残念な事にエルにはそれを否定する材料がない。仕事の内容以前に、これは相当ヤバイ仕事だとエルも分かっていた。
 だから正直、声を掛けた人間には申し訳ないと思っているのもある。

「……悪かったな」

 呟けば、サーフェスは彼らしく飄々とした言い方で『何がさ?』と言ってきた。

「危険だって分かってる仕事に誘っちまってさ」
「いいよ、了承したのは僕だし。それに樹海に来たかったのもお金が欲しかったのも本当だからね。それにまだ100%生きて帰れないって決まった訳じゃないでしょ」
「まぁ、そりゃな……」

 ヤバイ、と直感で思ったからこそセイネリアを誘ったというのがある。今までどんな無茶な状況もどうにかしてきた彼なら今回も……と思ったからだ。正直、彼に断られていたならエルもこの仕事を受けていたかは分からない。

「それに僕も、どうしても生きなきゃって程の理由はないから」
「おいおい……」

 エルは顔を引きつらせる。けれどサーフェスも、あっさり生きる事を諦めるような人間ではない事くらいはエルも知っている。セイネリアが騎士団に入ったあと、たまたま仕事で一緒になってその後にもう一回組んだ程度だが、細かいところに目が届いてパーティーのサポート役として先回りでいろいろ手を打ってくれる事もあったこの魔法使いをエルは結構信用していた。
 今回は魔法使いの依頼主が怪しいのも伝えた上で仕事に誘った訳だが、彼は二つ返事で受けてくれた。

 冒険者として組んだ事がある人間で、普通ならヤバかったところをどうにかしてくれそうな人間……という事でエルはセイネリアとサーフェスに声を掛けた。クリムゾンはセイネリアが参加するとどこからか聞いて向うから声を掛けてきた。彼も経歴的には危険な人物だが、目的がセイネリアであるなら問題ないと思っている。

 無茶な仕事ではあるが生きて帰るための手は尽くしたつもりだった。
 エルはどうしてもこの仕事で目的を果たして、生きて帰らなくてはならない理由があったのだから。

 星の見えない空を見て苦笑してから、エルの目は自然と火の傍で眠っているある男の方へと向いていた。




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