黒 の 主 〜運命の章〜





  【7】



「この子の得意な魔法は空間系の術でね、いろんなタイプの結界を作る事が出来るのよ。……まぁ、逆を言えば結界だけしか出来なくて、いくら応用させても『守る』以外のことが出来ないんだけど。この子の結界は空間の壁を作ってるから、ロックランの動物避けとは比べられないくらい安全よ」

 そうして雇い主の彼女がやたら偉そうに説明を始めれば、お約束のように別参加の魔法使いがまた嫌味を言ってくる。

「成る程ね、どうみても足手纏いの弟子なんか連れてきたのはそういう理由だったわけか。僕はてっきり、自分が楽する為に、身の回りの世話と雑用をやらせる為かと思ったよ」

 女魔法使いはサーフェスの言葉に顔を引きつらせると、目じりを釣り上げて彼を睨んだ。医者でもあるという魔法使い見習いの方がそれに見せつけるような笑顔を返せば、メルーも唇を釣り上げて見せる。
 だが魔法使い同士の睨み合いはそこですぐに終わる。

「そこまでにしてくれ、こんなとこで無駄な体力使うくらいならさっさと寝た方がいいぞ。なにせ明日からは丸一日樹海歩きで今日よりきっつくなるからな」

 ――まったく、ご苦労な事だ。

 エルの立場には同情するくらいだが、このメンバーを揃えた時点で彼も覚悟はしていただろう。
 ともかくそれで魔法使い2人は黙って互いに背を向けた。まぁこの程度でさっさと言い合いを諦めるなら扱い易いものだ。

「……その結界はもう設置してあると思っていいんだな?」

 そこで火から少し離れた位置にいたクリムゾンが声を上げる。と、同時にメルーがまた得意気に皆の方を向いて口を開いた。

「えぇ、貴方たちが狩りにいった時に準備をしておいて、帰ってきたところで術を発動させたのよ。だから今、周辺に動物の気配がないでしょ?」

 セイネリアもそれには気付いていたから、既に結界が張られていた、という言葉には納得するところだ。ただそれを聞いたあとにエルが顔を顰めて頭を押さえた。かすかに『それでかよ』という言葉が聞こえたところからして、結界のためにメルーとアリエラの姿が見えなくなっていた事があったのだろうと予想出来る。

 ちなみに面白いのは得意気なメルーの後ろで結界を張った当人のアリエラが明らかにげんなりした顔をしている事で、一瞬だけ不満そうに師のメルーを睨んでもいたところからしてもどうやら『従順に従っている大人しいだけの少女』ではないらしいとセイネリアは思う。

 足手まといかとも思っていたアリエラも結界能力というならそれなりに役には立ちそうで、見捨てる方のリストからは外した方がいいかもしれない。
 ただそうなると当然師であるメルーも空間系魔法使いの筈で、同じ空間系でもフロスは特殊だから参考にならないとして、転送は使える可能性が高い、つまりこちらを置いて一人で逃げられるとは思っておいていいだろうとセイネリアは考えた。

「空間の壁というと、物理的に何も通らないという事になるんでしょうか?」
「えぇそうよ、結界が有効な間は中にいる私たちも外へは出れないわ、ただし……」

 そこでまたラスハルカが質問をして、メルーが説明を始める。セイネリアは火から少し離れたその場で横になった。他の連中も話をしている雇い主を無視してそれぞれ荷物整理や武器の手入れ、またはセイネリア同様横になっていた。

――やっかいなのは雇い主だけではなさそうだ。

 エルから仕事の話を聞いた時の事を思い出し、それぞれを見ながら改めてセイネリアはこのパーティの戦力を分析してみる。まだ今回のメンバーについては実際どこまで使えるのか分かっていないが、各自思惑や隠している事がありそうで見た目だけで判断しないほうがよさそうだとは思う。

「んじゃ、火の番は二人づつ組んで交代だ。最初が俺とサーフェス、次がウラハットとアリエラ、その次がメルーとクリムゾン、最後がセイネリアとラスハルカだ、異論あるやつはいるか?」

 やっと女魔法使いのおしゃべりが終わったのか、エルのその声が聞こえてセイネリアは了承の手を上げた。他の者も反対する声はなく、エルとサーフェス以外はそれぞれの場所で寝転がっていく。

 暖かい旧ファサン地区でもこの時期まだ夜は肌寒い、いくら結界があると言っても火を絶やす訳にはいかないから交代の見張り番は必要だ。組み合わせは基本戦力枠とそうでない者でだが、メルーにクリムゾンを組み合わせたのは女魔法使いのおしゃべり防止が狙いかもしれない。そして戦力枠が重なるのにラスハルカを自分と組み合わせたのは……エルとしては彼の正体を測りかねていて警戒しているという事なのだろうとセイネリアはそう結論づけた。




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