黒 の 主 〜運命の章〜 【6】 薄暗い森の中は、日が落ちれば完全にただの暗闇となる。 昼間でさえ折り重なる木々の枝や葉で天井に蓋をされて空は殆ど見えないのに、夜となれば上を見ても何も見えない。星など見える訳はなく、高くに月が上がっている時間なら運が良ければその光の欠片くらいはたまに見えるかもしれない程度だ。綺麗に月の形が確認出来る事などまずない。 当然、その中で多くの狂暴な夜行性動物達が動きだすのだから昼の数倍危険で、セイネリア達一行は暗くなり切る前に野宿をする場所を決め、食事までを終わらせた。 だから完全に夜になったのは皆で火を囲んで茶を啜ってる頃で、動物が寄って来そうなものの片づけは済んだ後だった。 「それにしてもまだ一日目とはいえ、思ったよりは問題なくこれましたね」 メンバー的に食後の雑談に花が咲く……という筈もなく、黙って火を囲んでいれば沈黙に耐えきれなくなったのかひょろっこい優男――ラスハルカがそう言ってきた。それにはすぐにエルが返す。 「そらまだ奥って程まで来てないからな。今ンとは運が良かったんだろうさ、少なくともこれで油断しちゃなンねぇよ」 それで話が途切れて終わりになるかと思った矢先、弟子のアリエラに足を湯で洗わせていた女魔法使いがこちらを向いて得意気に口を開いた。 「えぇ、ここらなんてまだ樹海の入口ですもの。それに迷ってないからへんなところへ入り込んでないっていうのも大きいわね」 「そこは先頭の道選びが上手いのもあるんじゃない? ちゃんと危なそうなところは迂回しつつ目的の方向を目指してるよね」 メルーが何か言えば嫌味を返すサーフェスは、言いながらセイネリアの顔を見てきた。 「あんたも結構森慣れしてるようだな」 だからそう返してみれば、紫の髪と目を持つ魔法使いはわざと作ったような笑みを浮かべる。 「そりゃ僕は植物系魔法使いだからね。あちこちの森へ行って植物採集してるし」 「成程、どうりで魔法使いにしては森を歩き慣れている訳だ」 「植物系魔法使いは植物採集に出かけるから、比較的皆体力はあるよ」 「かもな、たしかに医者をやってる魔法使いどもにはいかにもな『もやし』はあまり見ない」 「それ以前に、植物系以外の魔法使いは普通まず見ない筈だけど」 「……植物系の魔法使いと仕事で組んだのは始めてだ」 そこまで言えば暗に『植物系ではない魔法使いと組んだ事がある』と言っているのも同然で、だからサーフェスも深くは追及してこなかったが疑わし気な視線をこちらに向けていた。 魔法使いは基本、あまり一般人と関わらないが植物系魔法使いだけはクリュースに住んでいれば見た事がない人間の方が少ない。それは大抵の街や村に1人2人は医者代わりをしている植物系魔法使いがいるからだ。 リパ神殿へいけば一応治癒術を受けられるとはいえ、術での治療には得手不得手というのがある。植物系魔法使いは薬草と人間の体の構造に関する知識があるため、治癒役がいない時の応急措置や、症状からの原因の特定と薬の処方などが出来る。 更に言えば彼等は薬草や珍しい植物の収集をしているため、それらを取ってくる仕事をよく募集していて低レベル冒険者は大抵世話になるというのもある。 だから募集主が魔法使いで本人が一緒についていくという事でもない限り、冒険者として仕事で会う可能性があるのは植物系の魔法使いくらいだ。 「一番俗世慣れした魔法使いよね、植物系って」 嫌味返しなのかメルーがそう言ってくれば、サーフェスはやはり笑みを浮かべてトゲのある声で返す。 「嫌だなぁ、唯一ひきこもりじゃない魔法使いって言ってくれないかな」 当然そこでまた2人の間に微妙な緊張が生まれるが、そういう時はまずこの男がどうにかする。 「さって、今回は狩人がいねぇからな、おまけにリパの神官もいねぇ、見張りは相当気をつけねぇとな」 言ってエルが立ち上がって背伸びをすれば、魔法使い以外皆は一斉に自分の荷物を引き寄せて寝る準備を始めようとする。 会話を止められたメルーは明らかに不満げな顔をしたものの、だがエルの言葉を最後まで聞くとすぐ表情を変えて立ち上がった。 「問題ないわ。必要ないから、連れてこなかったのよ」 皆が手を止めて依頼主の魔法使いを見る。エルが彼女に向き直って聞いた。 「必要ないって事は……つまり、あんたが獣避けの結界に当たるモンを作れるって事か?」 いらないと言った本人が魔法使いなのだからおそらくそうなのだろう。女魔法使いは殊更得意気に、腰に手をあて胸を張って言い放った。 「そう。正確には私が、ではなくアリエラがね!」 ……そこで荷物整理をしている弟子の少女を指差すのだから相当間抜けな絵ではある。 とはいえ、わざわざ弟子を連れてきたのはそれも理由かと、セイネリアは思うと同時に少し考えた。自分の世話をさせるためだけに足手まといを連れてきているならただの馬鹿だが、必要な理由があるのならまだこの女に対する評価は保留としておくべきかもしれない。 --------------------------------------------- |