黒 の 主 〜予感の章〜





  【16】



 予定通り、騎士団を辞めたセイネリアはその後暫くは組織関連のごたごたをどうにかするために動いた。ただしあいさつ回り等の下地作りは殆ど冬場で済ませておいたので、この時期主にやったのは一部の連中に『貸し』をつくるための冒険者としての仕事だった。
 仕事自体はどれもこれも大した内容ではなかったが、それはセイネリアだからであって他の者が受ければ難しいというモノである。いわゆる法にひっかかるギリギリの内容であったり、大事にならない内にさっさと秘密裡に終わらせて欲しいような仕事だ。既に恐れと共に名前を売ってあったのもあってセイネリアが出ていくだけですんなり終わる事もあったくらいだが、冒険者復帰としての肩慣らしと思えば丁度良くもあった。

 エルには騎士団を辞めた時点で一応伝言を入れたが、冒険者として仕事を受けるのは来季からにする予定だと言っておいた。彼からの返事も、了解した、と一言だけであったから、彼は彼で他の連中と仕事をしている可能性も高いとセイネリアは思っていた。

『エルが今どうしているか、気になるなら調べておきますが?』

 カリンはそう言ってきたが、あえてそれはやめさせた。何か問題があるならこちらに言ってくるだろうし、そうでないならそれなりに今も上手くやっているのだろう。何より仕事仲間として本人の意志を無視して探るようなマネはしないでおきたかった。『仲間』として対等な相手に対する礼儀のようなものだ。

 事務局には定期的に足を運んでいたが、それはあくまで伝言等のやりとりや各種手続き、後は現状の冒険者達の様子や出ている仕事の傾向を見てくるためであって仕事を受けるためではなかった。
 上級冒険者であるセイネリアはそもそも募集の仕事を受けなくても依頼が来るのだが、事務局には騎士団に入る時点で依頼を受けないと申請してある。まだそれの取り下げをしていないから余程でない限りはそちらから仕事がくる事はない筈だった。
 ただセイネリアが募集板を見ていると注目されて周囲がざわつくのは仕方がない。それでも相当に噂で脅されているからか声を掛けてくる者はまずおらず、この辺りも『悪い噂』がある方が楽でいいとセイネリアが思うところだった。

 それでもセイネリアが騎士団を辞めたというのはそこそこ噂で伝わってはいたようで、それを聞いた一部の人間からは現状伺いの伝言が入ってくる事はあった。ただそれらにも仕事は来季からと告げておいたから、それまではまた連絡が来ることはないだろう。

 割合急かされていた付き合いの『仕事』が一通り終われば、季節は秋近くになっていた。来季から今度は騎士の称号付きで冒険者に復帰をするセイネリアとしては、そのための準備として冬になる前に行くところがあった。






 ラドラグスの街は首都から見ると南方面にある街だが、内陸であることと割合高地にあるため冬は首都よりも雪が降って寒くなる。更にこれは街を出てから知った事だが、街の傍にある山の山頂近くには湖があって、そこは魔法によって常に凍らされていて保管庫として使われているらしい。だから基本的にあの街は寒く、流通の要所として栄えている、という事らしい。

 久しぶりに来た故郷の街を懐かしむようなセイネリアではなかったが、それでも記憶の中の風景と比べていろいろ考える事はある。
 基本的に何か大きな変化がある程の事件は起きていないから、子供の頃と比べてそこまで変わったという気はしない。ただ通りや建物の並びはほぼ同じでもそこに住んでいる住人は変わったようで、店の看板は殆どが入れ替わっていた。

 それでも面白い事に大通りの賑やかな辺りにあった店と違って色街の方の店は名前も店構えもほぼ昔のままだった。来たのが昼間であったから周囲に人気(ひとけ)はなかったが、自分が生まれた場所でもある娼館がそのままあった事は確認した。
 最初の師である娼婦がいるなら顔を出したかもしれないが、もう彼女がここにいない事をセイネリアは知っていた。だから尋ねる気などなく外から見ただけで、ただ自分に子供時代があったという証拠を見たような気がして思わず足を止めはした。

 とはいえ実のところ今のセイネリアは子供の頃の記憶があやふやで、見れば確かにここにいたのだとは理解できるが実感は湧かなかった。なにせ母親の顔さえ思い出せないのだから、これは明らかに自ら記憶に封をしたのだろうという自覚がある。

 ただ、生まれた娼館を見ても感慨に浸るような事がなかったのには正直安堵した。
 これならもし、自分を脅そうとここで人質に取るような者がいたとしても自分は冷静に対処できるだろうと思うからだ。





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