黒 の 主 〜予感の章〜





  【15】



 バルドーはそこで口をぽかんと開いたまま止まった。まさに開いた口が塞がらないというように。それからじわじわと怒りが広がっていったらしく顔がだんだん険しくなってこちらを睨む。どうやらかなり酔いが回ってきているらしく目は完全に据わっていた。
 セイネリアはその様子がおかしくて笑った。

「別にあんたが何もしてくれなくてもどうにかはしたさ。だが結果的にあんたがいろいろ動いてくれたおかげで手間が省けたり助かった事はあった。だからあんたには礼をするべきだと判断した」
「……本っ気で性格最悪だな、お前は」
「そう思ってくれていいぞ。俺はあんたみたいに自ら人を助けてやるなんて事はしないし、正直他人がどうなろうが知った事じゃない。ただ俺にとって益となる事をしてくれた人間には益を返すべきだと思ってるし、今後も益となりそうな相手とはいいイメージを残して別れたいと思ってる」
「俺は貴様の益となりそうな人間だって事か?」
「……まぁな、あんたは人が良すぎるところが不安だが人を纏められる人間だ。戦闘能力以前にその気質は役に立つ。いい関係を保っておきたい相手だとは思ってる」

 バルドーは少し考えて、眉間に皺を寄せる。

「それは……褒められてるのか?」
「褒めてるぞ、あんたは使える人間だ」

 言われて彼は少し照れたような表情をしてから顔を横に向けた。

「ったく、年下のくせに……偉そうによ」

 元から顔は少し赤くなっていたから、赤いのが今の話のせいか酒のせいかは判断できない。

「偉そうにして自信あるように見せてると、それだけで精神的に優位に立てる」
「いらねぇトラブルも呼ぶだろ」
「その時は無理矢理ねじ伏せればいい」
「結局力任せかよ」
「当たり前だ、その為に強くなったんだ」

 彼は視線をこちらから外したまま、またちびりと酒を一口のんで大きくため息を吐いた。

「……まぁ実際、最終的にその自信通りの結果を出すのが凄いんだがよ。化け物め」
「本物の化け物じゃないぞ。大けがをすれば死ぬし、いずれ歳を取って衰えていく……ただの人間さ」

 言いながらセイネリアも酒を飲む。
 これには自分で言っていて少し考える事があった、それは魔法使いの事だ。彼等は普通の人間としての寿命を受け入れず、他人の命を吸ってまで延命したり、モノに魂だけ残してこの世にしがみつこうとする。本物の化け物というのは彼等だろうと言いたくなる。

「ばっか野郎、ンなの当然だろ。そうじゃなきゃ人間じゃないだろ。人間の中でも化け物ってことだよ、お前は」

 流石にここでバルドーに魔法使いがどういう者か喋るような事はしないが、彼のいうところの『人間じゃない』人間と言うのがこの国には普通にいると思えば唇が皮肉に歪む。

「ま、お前なら、人間やめたって言っても驚かねぇが」
「どういう意味だ」
「あれこれ追及した結果、お前なら本物の化け物になっても不思議じゃないってことさ」

 そんなものを望んでいないセイネリアとしてはあまり嬉しくない言葉だが、彼の言うところの『本物の化け物』の話を出来ない分、笑ってから冗談めかして返した。

「言っておくが俺はそんなのは望んでないぞ、なにせ死ぬ危険がなかったらどんな戦いもつまらなくなるだろ」

 それには、はっ、と声を上げてからバルドーも笑う。

「ったく、本気でオカシイぞ、お前」
「そんなの、ガキの頃から何度も言われ慣れてる」
「慣れるなよ」

 あとはただの酒盛りの与太話で、砦の時の話だとか、隊の連中の話だとか、身内的な雑談をしながら飲んだ。基本はバルドーの愚痴をひたすらセイネリアが聞くような状態だったが、これも彼の労力に対する礼のようなものだ。基本、騎士団の連中とはこれきりで終わりのつもりだからどう思われても問題ないが、繋がりを残しておいてもいい人間にはフォローを入れて、声を掛けられるくらいにはしておくかと思ったくらいだ。

 それも、彼で最後だが。

 それから間もなく、セイネリアは騎士団を辞めた。
 辞めるその前日まで第三予備隊の中でそれを知っていたのは隊長以外はバルドーとグティックだけで、夕礼でいきなり明日辞める事を告げて翌日に騎士団を去った。
 見送りはなかったが、バルドーやグティック、それにステバンは伝言を寄越してくれていて、後日セイネリアは事務局でそれを受け取ってまた苦笑する事にはなった。
 ただその時に返事を返す事はしなかった。そもそも向うの内容も一方的に言ってくるだけの愚痴めいた言葉と別れの挨拶だけだったし、返事など最初から自分に期待していないだろう。

 どうせ彼等とはその内また会う事になる――勿論、その必要があれば、の話になるが。




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