黒 の 主 〜予感の章〜





  【17】



 色街を通り過ぎ、セイネリアは目的地へと向かう。
 今回ここへ来たのはこの街に『約束』を残していたからだった。娼館を出てすぐの頃、アガネルのところへ行く前にした、死んだ騎士の装備を持っていった鍛冶屋の男との約束――いや正しくは『賭け』だが。

 当時は路地裏の鍛冶屋街で露店を出していた男は、今はそれなりに認められて店を構えているらしい。昔から腕は良くても品の見た目が簡素過ぎてあまり売れていなかった彼だが、その後腕のいい冒険者達の間で口コミが広がって上客が増えたということだ。
 とはいえ、認められているならもっと目立つ大通りに近いところへ店を出せばいいのに、こんな色街に近い裏町側に店を作るのは『らしい』と思うところだが。
 カリンに調べさせた通り、何故こんなところへ、と言いたくなるような貧乏人ばかりが住む住宅地の一角にその店はあった。見てすぐわかるような看板はなく、鍛冶屋とも書かずに、ただ『ケンナの店』とかかれた扉をセイネリアはノックした。

 暫くすれば、扉の上の覗き窓が開いてそこに親父の顔が出てくる。
 こちらを確認するとすぐその小窓は閉じられて、代わりに中で鍵を開けているらしい音が聞こえてきた。
 セイネリアも忙しい身であるから、さすがにいきなり訪ねて会えないなんて事はないように事前に伝言は飛ばしてあった。了解の返事を確認してから行く日を改めて告げただけあって、彼の方も待っていてはくれたらしい。

 扉はすぐに開いて店の主人――鍛冶屋のケンナが姿を現す。
 彼はまず目の前に立つセイネリアの姿を、足から顔までじっくり見てからやりと笑った。

「予想通り、なかなかの大物になったようじゃねぇか」
「なに、まだ大物という程じゃない」
「いいねぇ、ふてぶてしさも変わらねぇとくる。ほら、さっさと入ンな」

 セイネリアが中に入れば、ケンナはすぐに扉に鍵を掛けた。この辺りは治安が世辞にもいいとは言えないから、それなりに稼ぐ鍛冶屋なら確かに普通の店のように誰でも入れるようにはしておけないだろう。事前に連絡をしていなかったら入れてもらえなかったかもしれないと、セイネリアは店の中を見ながら苦笑する。

「さって、お前なら休憩したいなんて情けねぇ事は言わねぇだろ? 話なんざ作業しながらでも出来る、まずは測るぞ」
「あぁ、構わない」

 賭けの勝ち負けも言わず、約束通りこちらの鎧を作る気満々な男の様子に笑ってしまいながら、セイネリアはマントを取ると剣を剣帯ごと外して置いた。あと最小限にはしてきたが一応つけてきた防具類も外しておく。ケンナはがちゃがちゃと調整用の鎧を引っ張り出しているところで、見つかるたびにこちらに投げてよこしてくるからセイネリアはそれを足元に置いていく。

「まずはそれをつけてみろ。大きめな筈だから着れンだろ」
「あぁ」

 そう言われるのは分かっていたから、セイネリアはしゃがんで右足の装備から付けだしていた。投げてきていたのは手足の装備だけであったから、暫くすると彼は兜と胴鎧を持ってやってきた。

「おい、ちっと立て」

 まだ足の装備を付けている最中ではあったが、特に文句をいう事もなくセイネリアは立ち上がった。彼は鎧を床に置いてセイネリアに近づいてくると唐突に腹を掌で叩いてきた。続いて胸、背、腕、と叩いては確かめるように触って来て、意図が分かるだけに文句も言わず好きにさせたが思わず笑いが漏れそうになる。

「ははは、こらすげぇ体だ。いいねぇいいねぇ、これなら俺の最高傑作を着るのも許してやれるってモンよ」

 なにせあまりにもケンナが楽しそうで、彼の頭の中がこれから作る鎧の事で一杯な事が分かるからこそ面白い。何処か狂気めいたところさえ感じていた彼の仕事に対する情熱は更に悪化しているようで、セイネリアの体を触っては子供のようにはしゃいでいる。
 例の『賭け』の内容からすれば、セイネリアが彼の前に再び姿を現さない方が本来なら彼にとっては得の筈だ。だが彼は今、やってきたセイネリア相手にどうみても嬉しそうとしか取れない顔をしている。
 まぁつまるところ……彼にとっては損得などより、自分が全力を注げる仕事が出来るという事の方が重要なのだろう。注文された仕事などと違って、採算度外視で最高のものを作れるというその事が職人として楽しくて仕方ないという訳だ。




---------------------------------------------



Back   Next


Menu   Top