黒 の 主 〜予感の章〜





  【11】



 セイネリアはそれが何かを理解したが、腕の力に気を取られていたせいで頭の判断と目を瞑るまでの時間に遅れが生じた。
 目の前で光が弾ける。
 僅かだがセイネリアはその光を見てしまった。
 そのため振り下ろす腕にためらいが出て速度が落ちる。振り下ろしても手ごたえがない、どうやら避けられたらしい。
 どうせ暫く使い物にならないから目は閉じたまま、一旦引くため一歩後ろへ足を置く。そこへまた腹から胸にかけて衝撃がきた、おそらくはステバンの体当たりだ。まだこんな力があったのかと、それは確かにセイネリアとっては想定外の攻撃だった。
 息が詰まる。だが声は出さない。歯を食いしばって痛みを無視し、左足に力を入れてその場に体を留める。そうしながらも右足を上げて、ステバンの体を思いきり蹴り飛ばした。
 ただセイネリアも蹴った勢いには耐えられず、体が後ろへと倒れ込みそうになる。それを後ろへ数歩動いてどうにか踏みとどまると、急いで剣を持ち上げ、構えを取った。

 けれど、そこで相手が動く気配はない、辺りは静まり返っている。気配を探っても彼の位置が掴めない。だがその中で――やがて誰か……おそらくソーライだと思われる声が上がった。

「ステバンっ、大丈夫かっ」

 薄く目を開ければ、数人の人影がおそらくステバンが倒れたところへ向かっていた。セイネリアは顔を上に向けて大きく息を吸って吐いた。

――そうか、本気であれが最後の力だったか。

 こちらが疲労して動作が鈍るまで術を温存し、最後の最後に残った力全部でこちらを倒そうとした。確かにあそこで踏みとどまらずに転がっていたらこちらの負けだったかもしれないなとセイネリアは思う。
 手で目を覆って暫く瞬きを繰り返す。だが、どうにか視界が戻ってきたかと思ったところで肩を叩かれた。

「お前の勝ちだよ」

 バルドーの声は勝者に掛ける言葉というより呆れているようだった。

「分かってる」

 いうと同時に目の上の手をどけて前を見る。まだ残像は残っているがどうにか見る事は出来るだろう。けっ、というバルドーの舌うちを後ろに聞いてステバンのところへ向かっていけば、地面に倒れたままの彼は寄ってきたソーライや他の守備隊の連中と話していた。

「無事か? 正直まだあんたの顔がよく見えなくてな」

 冗談めかしてそう声を掛ければ、ステバンはやはり地面に寝たまま言ってきた。

「まさか最後の最後に術を使うと思わなかったろ?」
「あぁ、正直術ありなのを忘れてたくらいだ」
「なら狙いは成功だったな。だがやっぱりまだ足りなかったか」

 何が、とは聞かない。寂しそうな声で言った彼だが、それでも笑っているようではあった。

「起き上がれるか?」
「そうだな……まぁどうにか」

 言って起き上がろうとしたからセイネリアは手を伸ばした。ステバンはそれを掴んで起き上がる。

「一対一の勝負で握力がやばそうになったのはあんたが初めてだ」
「そう言って俺を楽々引っ張り上げるのは嫌味にしか思えないが」
「あんたが軽すぎるだけだ」
「俺は別に細くないだろ」
「俺よりは軽い」

 ステバンは声を上げて笑う。ただ笑った拍子によろけてしまって、傍にいたソーライが慌てて支えたが。

「治癒の必要は?」
「多分……大丈夫だとは思うが、あちこち痛い事は確かだ、君は?」
「俺はあんたより頑丈だ」
「……本当に可愛げのない男だな」

 そこでバルドーがやってきて怒鳴った。

「二人共一旦神官様のとこ行って見て貰ってくればいいだろ。頑丈自慢をするならお前がステバンを支えてけ」

 言いながらバルドーが何か言いたげな視線をこちらに向けてきたから、セイネリアはステバンの肩を持ち上げて支えてやった。

「支えるなら俺もいくぞ」

 ソーライが言ってきたが、それにはステバンが笑って言う。

「いや、お前だって試合がしたくて来たんだろ、どうせ大した事ないし、構わずやっててくれ」

 ソーライは複雑そうな顔をしていたが、それでもバルドーが『次は誰がやるんだ』と声を掛けると迷った末に引き下がった。
 まったくお節介な男だと思いながらも、バルドーの心遣いという奴を今回は素直に受ける事にしてセイネリアは歩きだした。




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