黒 の 主 〜予感の章〜





  【9】




「この馬鹿力め」

 言えば彼はズレたらしい兜を手で押さえて直してから笑う。

「あんたの悪あがきにはいつも感心させられる」
「言ってろ」

 こちらもクッと笑えば腹に響く、だがまだいける。
 ステバンは言うと同時に前に出た。終始受け身に徹する気は最初からなかったが、攻撃に出る前にもう少し彼の体力を削っておきたかったというのが正直なところではある。とはいえ流石にもう受けに回るのはやめる頃だろう。

――何も、防御面だけを鍛えたわけではないんだ。

 姿勢を落し、わざと剣先を後ろに構えて走り込む。彼の前で足でブレーキを掛け、その前に行こうとする力を使って剣を振りぬく。大振りだから避けられたら危険だが、彼なら受けてくれるという確信があった。
 思った通り、金属の刃同士がぶつかって派手に鉄の悲鳴が上がる。掴んだ手から腕までしびれが駆けあがってくる。だがそれに耐えて腕と掌に力を込めるとステバンは剣を振りぬいた。全ての勢いを込めたステバンにとっては一番威力を込めた一撃だった。

 だがそれでも、ステバンはそのまま最後まで振り切る事は出来なかった。
 当たった手ごたえから止められて、そこから多少は押し込んだがやはり最後には止められた。彼の足元は少しずれていたが、この攻撃でもその程度で止めるかと思えば『化け物』という言葉しか浮かばない。

 とはいえ、ステバンの攻撃はこれが本命ではなかった。

 止められたらそのまま即座に一歩引く、そうしてもう一度飛び込む。
 彼が剣を受けようと構えたのをみて、ステバンはわざと一旦姿勢を更に低くく落してその剣を下から斜め上へと体ごと上へ伸びるように叩いた。セイネリアの剣が大きく跳ね上がる。そこから振り上げた剣をコントロールして軌道修正し、今度は反対側へ落して逆サイドからまた下から斜め上へと剣を振り上げる。それは丁度セイネリアが上から下へと振り下ろした動きの逆で、剣先を止める事なく、8の字を作って左右から振り上げて相手の剣を上へと弾いていく。彼の腕が上がって腹が空く。
 そうなれば、次に相手がどうするかは予想が出来る。
 彼の足がこちらを蹴ろうと上げるのが見えて――ステバンは横に逃げながら倒れるようにしゃがみ、片手を地面につけるとセイネリアの軸足の方を思いきり蹴った。

 そこで初めて……今までよろけはしても倒れなかった彼の体が沈んだ。

 その長身が地面に転がるのを我ながら信じられない思いで見た後、すぐステバンは追撃をしかけようと近づいた……が、彼が剣を片手で振り回してきたから一度体を引いた。更にそこで倒れたまま彼が足を伸ばしてきて、ステバンは文字そのままの意味で足を掬われた。耐えようとしてもガクリと膝が折れて、自分も地面に転がりながらステバンは悔しそうに空を睨んだ。

――くそ、思ったより足に来てるな。

 少し油断したのもあるが、足にふんばりが利かなかった。思った以上に今の打ち込みが足に負担を掛けたらしい。
 それでもすぐに横へ転がって起き上がる。彼も同じように起き上がったのを視界の端で確認して、ステバンは起き上がって即彼に向かう。勿論向うもこちらに向かってくる。互いに剣を持ち上げて相手に向けて叩く。

「うぉおぉっ」

 声を上げて振り下ろした剣が重なって止まる。力勝負をする気はないからすぐに引いてもう一度叩く、剣と剣がまたぶつかって重なる。そうすればまた互いに剣を引く、叩く、引く、叩くを数度繰り返し、それから剣を重ねたまままた一度止まった。

「もう受け流さないのか?」

 聞いてくる彼の声に荒い息遣いの音が混じる。

「生憎、もうそんな精度で剣が振れないんだ」

 返すステバンもあきからにぜいはぁと息を切らす音が混じる。
 近くにいれば互いにもう息を整える余裕がないのが分かる、肩が上下に動いて互いに限界が近づいているのを理解する。顔を上げればやはり向うも笑っていて、ステバンは見せつけるように犬歯をむき出して笑ってみせた。

「後は我慢比べだな」
「あぁ、最後まで立っていた方の勝ちだ」

 剣を押して距離を取る、そうしてまた剣を打ち付ける。剣が重なった途端、今度は彼が力任せに押してきたからステバンは大きく数歩下がる事になった。

――結局、また体力切れか。

 そうは思っても、今度は向うにも前回程の余裕はない。まだ負けた訳ではない。
 唾を飲み込んで大きく空気を吸って吐く、多少はマシになった呼吸の音にほっとして、ステバンは剣を構えた。




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