黒 の 主 〜予感の章〜





  【8】



 剣の柄を握りしめて自分の握力を確認し、ステバンは大きく息を吐いた。

――やはり、簡単には楽をさせてくれないな。

 けれど、思った通りにいかないのに、きつくて苦しいとさえと思うのに、口元には笑みが湧く。正直楽しくて仕方がない。
 競技会の彼との試合で痛いほど実感したのは単純な力の差と体力の足りなさだった。力はともかく、最後に体力が切れてまともに戦えず終わったのが悔しかった。勿論その対策として体力を付けるよう鍛えた、だがそれと同時にどうすればもっと体力の消耗を減らせるかも考えた。
 無駄な動きを減らすだけではまだ足りない、だからファンレーンに頭を下げて相手の剣の受け流し方を教えてもらった。力のある攻撃という事で、ソーライには何度も打ち込んでもらって受け流し方を体に叩きこんだ。
 それでも当然、この男相手ならそうそう簡単に体力の温存なんてさせてはくれないだろうと思ってはいたが……。

――余程体力に自信があるんだろうが、まさに化け物としか思えないな。

 こちらが体力の消費を抑えて向うを消耗させようとしているのが分かってるくせに、彼は自らの消耗を抑えようなんて少しも考えない。代わりに自らの体力を余分に使ってでも相手に消耗を強いる手に出る。

 重い一撃を受けて、ステバンは歯を食いしばる。
 受ければすぐにまた切り返されて、反対側から振り下ろされる。
 受けずに逸らして逃げるなら後ろへ大きく引くしかない。そうずれば足に負担が掛かるというのもあるが、いくらこちらの体力を温存するためとはいえ、ステバンだってこんな真っ当な勝負で何時までも逃げ続ける戦いをする気はなかった。

 こちらが受けに回ればすぐ、彼は正面からの連続攻撃のカタチにもっていく。
 普通なら来る場所が分かっている攻撃など受け止めればいいだけの話だが、彼の剣は重すぎて連続でマトモに受けたらすぐに手がしびれて握力が死ぬ。一応ステバンも受ける力を逃がせるだけは逃がそうと多少は逸らしているが、それでもこのまま受け続ければどこまで手が持つかは難しいところだった。

――このままでは彼のペースだな。

 受け流す戦い方はどうしても守り主体になってしまう。このまま馬鹿正直にただ受けているだけで体力切れを起こすのは、これだけ待ってもらった彼にも申し訳ないだろう。
 なにせ剣と剣がぶつかるその衝撃を腕で受け止めているのは当然こちらだけではない。向うだって叩く度に手に響いているし、剣を振り続けている分こちらより休む間がなく体力を消耗し続けている筈だ。最初の狙い通り向うの方がより多く体力を消耗してくれているのにこちらが先に潰れるなんてそれこそ恥以外の何物でもない。
 同じ軌道で振っているだけだから彼の剣の動きは読める、ならば――受けながらもステバンは彼の剣を見てタイミングを確認する。そうして攻撃を受けてすぐ、次の攻撃に備えるのではなく剣を伸ばして彼の剣の軌道を遮った。

 ガツン、と鈍い音がなる。

 止まる事なく左右から振り下ろされる剣の軌道は、当然振り下ろされる時に一番力が入っている。だが振り下ろした後切り返して剣先を上に持ち上げるのは、てこの原理で右手で押さえて左手で剣先を回す感覚となる。つまり、左手は出来るだけ柄頭近くを持っている上に大きく動かす分掴みに緩みが出来る可能性が高い。だからその時に刀身を弾けば、剣のコントロールが乱れるだけではなく左手が離れて最悪手から剣がすっぽ抜けて飛んでいく。

 僅かに相手の舌打ちが聞こえて、彼の剣の剣先が大きく外へ向かった。普通ならこれだけの勢いを乱されたら剣から手が離れて当然というくらいなのだが、さすがに彼はそう簡単には崩れてくれない。
 圧倒的な腕力と体力を持つ男は歯を食いしばってその場で耐え、左手を離して右手だけを大きく外へ逸らして剣をぶん回した。
 だが今度は無防備に体をがら空き状態にはしていない、彼は空いた左手をこちらに伸ばしてくる。ステバンも彼程ではないがぶつかった衝撃で剣先が弾かれていたからすぐに対応できなかった。彼の左手が持ち上がったこちらの右腕、手首の少し下辺りを掴んだ。

――なんて力だ。

 腕を押さえつけられて剣が振れない。そのまま腕をこちらの体に押し付けるようにしてきて、同時に彼の顔が目の前に迫って来る。体が接触したと思った時には相手の膝蹴りが腹に入ってステバンは思わず声を上げる。だがそのままでは終わらない、こちらも膝を上げて彼の腹を蹴った。
 更に彼がまた蹴ってくるのが分かったから、ステバンは彼の足を踏んで頭でぶつかっていった。
 腹に蹴りが再び入る、だが兜越しに相手のどこかにぶつけてやった手ごたえも返る。

「ぐっ」

 出た声は自分のものだったか、それとも彼のものだったか。
 それには互いに後ろへよろけて体が離れる。
 ステバンとしてもさすがに2発も蹴りを食らえば足に力が入らず、思わず腹を押さえてそのまま後ろへ数歩下がった。
 今回は追加装備ありと言っても全身甲冑(プレートアーマー)ではない、腹の防具は鎖帷子(チェインメイル)とベルトだけだ。だから当然、腹への攻撃はまともに入れは相当に効く。腹筋で耐えたところで馬鹿力の彼相手では限界があるが、こちらがすぐに蹴り返したせいで向うの蹴る力が落ちた。2回目もこちらの攻撃が入って向うの蹴りは浅かった。
 だからまだ大丈夫、痛みはあるがそれだけだ、体は動く。
 剣を両手でしっかり握りなおして顔を上げれば、彼も構えを取って顔を上げたところだった。





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