黒 の 主 〜予感の章〜





  【7】



 刀身と刀身、鉄と鉄がまたぶつかる。
 けれどステバンはぶつかった角度を変えてこちらの剣を逸らそうとする。セイネリアは逸らされた段階で片手を剣から離し、逸らされた力を片手だけで受け止めて体をその場に留めた。
 ただしそんな事をすれば当然、ステバンの目の前に両手を開いてがら空きになった体を晒す事になる。

 だが彼はその晒された体を斬りつけるべきか迷った。そのステバンの逡巡が一瞬の間を作った。

 一呼吸分遅れて彼の剣がこちらへ来たが、その時にはセイネリアの足が上がっていて彼の体を蹴りとばす。勿論ステバンもまともに蹴られて吹っ飛ばされるなんて失態は犯さない。自ら下がって蹴り自体は浅くしか入らなかった。
 ただセイネリアとしてはそれで問題ない。ステバンが構え直した時には、セイネリアも逸らされた剣を戻して両手で持って構える事が出来ていた。

――これも日頃の行いというという奴か。

 いつでも何か企んでいるように見えているからわざと隙を見せれば罠かと疑われる。賭けではあるが、ステバンのように頭がちゃんと動く人間の方が深読みして慎重になり過ぎてハマる可能性は高い。

 とはいえ同じ手は二度は使えない。
 フェイクやハッタリが効くのは一度だけだ。

 いくら勢いで剣を振っているから腕の力はさほど使ってないとは言っても、あれだけ剣を振り回し続ければセイネリアでもそれなりに腕に疲労をを感じる。ステバンは剣の角度で出来るだけ力を逃がしていたが、それでもあの攻撃を受けていれば腕の力と握力には相応の影響が出ている筈だった。
 ただ勿論彼のことだ、前より体力面は相当に鍛えて来ている事は想像に難くない。

――さて、どちらが先に潰れるか、だな。

 ここ暫く、セイネリアは体力的に限界だと感じた状況にあっていなかった。
 だからむしろその状況に追い込まれるのは楽しみで――本気で限界だとそう感じた時に自分がどこまで動けるのか、それが知りたかった。






 ふぅ、と一斉に息を吐く音が聞こえて、バルドーもまた大きく息を吐いてから皮肉気に口元を歪めた。
 守備隊の者も予備隊の者も、見ている連中は皆、あまりにもレベルの高い試合に息さえするのを忘れて見入っていた。おかげで二人が一度離れて仕切り直しをする度に揃って皆で大きく息を吐く事になる。
 身内の試合なんてものは普通、野次や声援が飛んだりして騒がしいものなのだが、この二人の試合には誰も応援どころか声も出せずに見る事しか出来ない。
 静まり返った観戦者達に囲まれて、どれだけ控えめに言っても騎士団内最強を決める試合が行われていた。
 二人の姿がまた動き出す。
 地面を蹴る音、砂利が飛ぶ音。
 そして、剣と剣がぶつかった高い音が響く。

「あぁあっ」

 見ている者は漏れなく皆、拳を握りしめて息を飲んだ。耳と目に意識を集中して、彼らの一挙手一投足に集中する。
 叩く時に吼える声、舌打ちの音、僅かな呻き声、一度離れた時の荒い呼吸音まで――沈黙の中起こる小さな音がこの場を支配していた。

――まったく、これもあいつの狙いなのか?

 バルドーとしてはセイネリアの考えが分からな過ぎてそう思ってさえしまう。この戦いを見て、更に皆を恐れさせる気なのだろうか――とはいえ、自分で思っておいて即自ら突っ込む。

――ま、そんな単純な話じゃないんだろうがよ。

 彼の考えは分からないが、そもそも自分みたいな小物が読めるような人間ではないという事なのだろうとバルドーは思っている。彼はただ単純に嫌われるように、恐れられるように振る舞っているように見えて、やっている事がそれだけではないのだから。

 彼が砦行きの原因だったと自ら言った後、隊では最初、勿論怒りを吐き出す者もいた。ただ日が経てば経つだけ、彼を嫌う事や彼を無視する事にうしろめたさを感じる者が増えて行ったのだ。
 なにせどれだけ貶したところで皆はあの戦場での彼の姿を見ている。どれだけ怒ったとしても、戦場であの男の姿がどれだけ頼もしかったか、生きる希望であったかを皆感覚で覚えている。彼がいたから負ける気がしなかった、敵を恐れずに戦えたとそれを皆分かっている。

――あのな、例えお前のしたことを許せなかったとしても、皆お前に感謝してんだよ。

 セイネリアがいないところでバルドーに相談してきた者は多くいた。セイネリアに対してこのままでいいのかと、後ろめたくてどうすればいいのか分からないと皆そう言ってきた。
 だがバルドーは分かっていた、こうして皆から距離を取られる事こそ彼が望んでいる事だと。
 だから皆にはそのまま距離を置くように言ってはおいたが……正直、後ろめたさに落ちこむ連中を見ているのはバルドーとしてもキツかった。

 ただこうして彼の戦う姿を見ていると分かる事もある。
 自分達では彼の仲間にはなれない。あの化け物の仲間になるには自分達では力も覚悟も足りなすぎる。だから、彼は自分達の『仲間』にはならない、自分達は彼の『仲間』になれないのだ。




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