黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【60】



 それから間もなく……とはいえ一月程後だが、騎士団は冬季に入り、予備隊の面々は冬季担当の後期組と交代して長期休暇に入った。
 休暇中は冒険者として仕事を受けてもいい事になっていたが、冒険者の仕事は冬場はお使いや荷物運び雪かき等の単純な力仕事以外は殆どなくなる。化け物退治系の仕事もない事はないが、この時期にその手の仕事を受けるのはリスクが高すぎて個人として受けるべきではないというのが冒険者の間では常識だった。

 金に困っている訳でもないセイネリアとしては無理に仕事をする気もないから、休暇中はずっとワラントの館にいて組織の事についてやれるだけの事をやる事にした。
 思っていた通り組織の運用に関してはカリンはかなり上手くやっていたから、そちらに関しては報告と説明を聞いて意見を言う程度で済んだ。セイネリアの仕事として重要だったのは他組織や関連有力者への挨拶回りで、特に女だと嘗めた態度を取りそうな連中は一度会って軽く脅しを掛けておく必要があった。勿論そのために下調べをしてネタを仕込まなくてはならないから、単に会いに行けばいいというだけでなくそれなりに手間と時間は掛かったが。

 それ以外にも、噂を聞いて繋がりを作っておきたいという裏街の連中や、個人の情報屋が訪ねてくる事も多く、冬の間、セイネリアはほぼ毎日何かしらの形で人と会っていた。
 ちなみにグローディ領での盗賊討伐の仕事の時盗賊をやめてセイネリアについた男だが、結局冒険者より情報屋の方が今では本職になって、彼の紹介だという情報屋もかなりやってきていた。当然彼本人もセイネリアが館の方にいる事を知って、冬の間はよく顔を出しに来た。

「勿論旦那の噂は聞いてますよ、トーラン砦でも相当の化け物ぶりだったそうで」

 最初にみた時からすれば相当小奇麗な恰好をしている男は、情報屋の仲介役として今ではそれなりにその辺りの連中にも認められているらしい。言葉遣いも前よりはマシになって、セイネリアの事は完全に雇い主的ポジションと認識しているのか今の呼び方は『旦那』だ。

「お前のところへは、トーラン砦周辺からの情報を持ってくる奴がいるのか?」
「あーいや、すみませんがそっちからじゃなく冒険者の噂話の方ですね、旦那と同じ仕事に傭兵で参加した連中が旦那の戦いぶりを広めてるんですよ」
「成程、話の出所はスレイズあたりか」
「……よくお分かりで」
「あいつは口が軽くて言いふらして回りそうな気がしたからな」

 それに男は笑う。スレイズはトーラン砦の戦いで傭兵部隊のリーダーだった男だ。ただ彼と一緒に仕事をしたシーナもセイネリアをかなり褒めていたそうで、それでその話も信憑性が高いのだろうと大っぴらに広まったらしい。

「しかしトーラン砦ですか……東方面で信用出来る情報屋ってぇと今ンとこスダンカードまでですかね。トーラン砦となると流石に遠すぎて、まず顔合わせからが大変ですから」
「ならこれを持って行け」

 渡したのは勿論、例の水鏡術の石だ。

「いいんで?」

 それの値段を分かっている男は、少し驚いて聞いて来る。
 セイネリアは脅しの意味を込めて男の目を見て唇だけで笑って見せた。

「仕事上必要であれば好きに使え。足りなければまた渡してもいい。ただ勿論、使ったふりをして売っぱらうなんてことをしたらどうなるか分かるな?」

 男は一瞬固まる。それから少し顔を青ざめさせ、震えた声で返してきた。

「そ、そりゃ勿論、旦那相手にそういうのはやりませんって」
「ならいい。ワラントの情報網は首都周辺に偏っているからな、信用出来る地方情報元が欲しい。使えるとお前が思った奴なら多少先払いをしてもいい。その場合はカリンに言え」
「分かりました。そンじゃ特に地方に強そうな奴に聞いてみます」
「あぁ、頼む」

 情報屋はやはり信用出来る者かどうかがキモだ。地方の者を紹介してもらっても、それが信用出来なければ意味がない。この男の人を見る目はかなり信用出来るから、繋ぐ連中の見極めまでは任せてある。一度顔を見て良しと判断出来れば、あとのやりとりは冒険者として伝言を使えばいいから地方である故の面倒さというのはない。

「……まぁ多少信用出来なそうな奴でも、旦那が一度あって脅しを掛ければいいって話もありますがね」
「お前がどうしても繋がりを作った方がいいという者なら会ってもいいぞ。ただ気楽に会ってやれるのは今の内だけだ」
「確かに、春には騎士団に戻らないとならないんですっけ」

 そこへ、別の客の相手をしていたカリンが部屋に帰って来る。男は急いで立ち上がるとカリンに頭を下げた。





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