黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【61】



「あ、これはねぇさん」
「別に座っていても構わない」
「へい、ありがとうございますっ」

 カリンも情報屋の元締めとしての役目に慣れてきたようで、やりとりもなかなか堂に入ってきていた。最近では外からの連中には嘗められないように言葉遣いも変えたという。若い女の見た目ではどうしても嘗められる事はあるから言葉で威圧感を作るのはありだろう、ただし。

「ご苦労だったな」

 セイネリアが声を掛ければ、そこで嬉しそうに、カリンは歳相の少女めいた笑みを浮かべた。その辺りがまだ組織の女ボスになり切れていないとは言えるが、今ここにいるメンツ的には問題ないのも確かだから特に何かを言う気はない。

「こちら、よろしいでしょうか?」
「あぁ」

 言えばやはり嬉しそうな笑みを浮かべたまま、カリンはセイネリアの隣の椅子に座った。セイネリアは彼女が座ったのを確認してから口を開く。

「で、向うの連中は何だったんだ」

 笑っていたカリンは、そこで急に表情を曇らせると眉を寄せて息を吐いた。

「ボスに会うつもりで来たようですが、会うまでもない連中でした。ケチな仕事ばかりをやってその時々に力がありそうなところに寄生してるただのクズです」
「成程。お前がそう判断したならそうなんだろ」

 セイネリアがここにいるという事で会いたいと来る者は多いが、こうしてカリンの判断で追い返す者も多い。
 セイネリアはカリンの頭に一度手を置いてねぎらうように軽く叩くと、いかにも話しかけて貰うのを待っているといった顔をしている男の方をちらと見て言った。

「とりあえず、こいつには地方の情報を回せる奴に声を掛けて欲しいと言ってある。お前の方でも娼婦達に地方の者と連絡が取れそうな奴がいないか確認してくれ」
「はいボス」
「あと大きめの話がある場合は春はだめだが夏以降なら相手が出来るといっておけ」

 それには少し遅れてからカリンが控えめに聞いてくる。

「はい。……ですが、よろしいのですか?」

 カリンだけではなく、元盗賊の男も不思議そうにこちらを見てきた。

「あぁ構わん。春になれば一応騎士団に戻るがそのまま規定期間まで居続ける気はない。これ以上いても時間を無駄にするだけのようだからな、もう少し様子を見てからだが今年の内に辞めるつもりだ」

 もともと『騎士たるに相応しい』財力を示せればいい話であるから、セイネリアは最初から騎士団に入る必要はなかった。装備を揃えて、あとは貴族のようにハッキリした地位がない場合は騎士団へ寄付金を納める必要があるが、どちらも今のセイネリアにとっては用意出来ないものではない。
 平民出だといろいろ難癖をつけられて寄付金の額を跳ね上げられる事もあるが、その辺りも揉めないように手を回して貰う事をハリアット夫人の旦那に取引として了承を取ってある。向うも厄介払いをしたいところであるだろうから、それで何か文句を言われる事はないだろう。

「騎士団を辞めても冒険者の方に戻られないのですか?」

 カリンがそう聞いてきたのは、夏以降なら組織関係で動けると言ったからだろう。

「いや、戻るさ。ただやはりもう少し地固めが必要そうだからな、騎士団を辞めても暫くはこちらの方を優先するつもりだ。冒険者に戻るのはそれからでいいだろ」
「はい、了解しました」

 カリンがそれにまた、嬉しそうに笑った。
 様子を見ていた男が、会話が途切れたことで恐る恐る聞いてくる。

「えー……んじゃこっちも春はだめでも夏以降なら旦那に動いて貰う事も可能ですかね?」
「そうだな、状況と相手によりけりだが」
「そりゃ分かってますって。ただ……そんなさっさと辞められるんならそもそもなんで騎士団に入ったんですか?」

 その疑問は当たり前といえば当たり前ではある。疑問を素直に聞いて来る男の性格は嫌いではなかった。

「とりあえず一度実際に見ておきたいと思っただけだ」
「……はぁ。旦那はホントに下に任せるだけじゃなくて自分で動く人なんですね」

 どこか納得は出来ていないようだったが、その程度に理解出来ていれば十分だ。情報には、人から聞くだけではなく自分で感じないと分からない情報というのもある。今回はそのために騎士団に入ったというのは間違いではない。

 ただもう潮時だ。

 騎士団の上の連中はわざわざ繋ぎを作っておく程価値があるとは思えない。
 下にはそれなりに使える者達はいるが、知己になっておいた方がいい者には既に顔は売ったと思っていいだろう。

 とにかく、ナスロウのジジイが絶望したという騎士団の現状は確認出来たからセイネリアにとっては十分だった。実際に現場を見ないでケチを付ける気はないから行ってみただけで、あのジジイの意志を継いでどうこうしようという気は最初からない。
 ただ、義理程度は果たしただろう、と。
 そんな事を考えてしまうくらいには、自分にとってあのジジイの存在は大きかったらしい――セイネリアはその事に自嘲した。




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