黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【52】



 それから二月程が過ぎた。
 予想された通りとはいえ不気味な程蛮族の姿を見なくなって、トーラン砦はずっと平和そのものだった。
 そしてそれくらい経ってくればケイジャスへ潜ませていた者や商人達の噂話もそれなりに信憑性があるものが入ってくる。ケイジャスは今回の作戦失敗によって軍の上層部にかなり降格処分をされたものが出て、上層部の派閥の勢力図が大きく変わったらしい。更にこれも予想されていた事だが、蛮族達と揉めて最近ケイジャス国内は蛮族の襲撃に悩まされているそうだ。

 そこまでくれば当分は蛮族もこちらに来ない……来たとしても以前のように頻繁に来る事はもうないとしてセイネリア達予備隊にも首都への帰還命令が下った。
 砦兵達はもっといて欲しいと言っていたが、砦の人員が増えれば経費が増えるのは当然で、地方砦の場合は周辺領地の負担もあるので各領主から騎士団へさっさと帰らせてほしいと連絡が来たらしい。

 帰る前には砦兵達が気を利かせてまたちょっとした宴を開いてくれたりして、迎えの時の十倍以上の人数に見送られて予備隊は首都に帰る事になった。





 騎士団へ帰ってくれば、また平穏過ぎる日常が戻って来る。

 ……いや『平穏』というより『暇』とか『怠惰』な日常と言った方がいいかもしれないが。なにせ『平穏』だけならトーラン砦でも例の戦闘あとはずっと『平穏』だったのだから。時間通り毎日きっちり決められた仕事を送る日々が、監視も目的もない訓練ばかりの日々に戻ったのだから気が抜けるのも当然だが、それでも一応、連中をみたところでは前とは違ってはいるようではあった。

 そろそろ冬がやってくる、ある天気のいい昼下がり。
 普段通り、我関せずという状態で剣を振っていたセイネリアは、気が抜けながらも軽く基礎訓練をしつつ雑談をしている他の連中の会話を聞いていた。

「やっぱなんか気合いが入らないよな。といってもサボる気にもならないんだけどさ」
「サボって座ってても落ち着かないんだよな。なんというか……罪悪感? とか勿体ないなーというか」
「だなー。砦いる時は仕事がきっちり決まってたから、休憩時間には気兼ねなく好きにだらけられたんだけど」
「んー、あそこでの生活はこっちでいえば守備隊の連中に近いのかな」
「近いといえば近いが守備隊はもっと厳しいだろ。規律とか、身だしなみとか、姿勢とかは特に。仕事中に雑談とかもだめだろうし、仕事中は常に神経ぴりぴりしてるだろ」
「まー、砦の仕事は地方だからなぁ」
「地方砦は実戦闘がある分、そういうとこは緩いんじゃね」

 雑談をしつつとはいえ、座ってる者がいないのは意識が変わったと見ていいのか。少なくとも現地で実際の戦闘を経験した事で、彼らもだらける事に罪悪感を感じるようにはなったようだった。なにせあの使えなかった4馬鹿組さえサボらないで一応剣を振っている。彼らも一応、自分達が皆に迷惑を掛けた自覚があったらしく、砦でも戦闘以後は結構真面目に仕事をしていたし訓練にも参加していた。前のように偉そうな態度も取らなくなった事で、他の連中とも前より仲良く話している。

――まぁ、それにはもう一つ理由があるが。

 実はあの戦闘が終わった後、砦に帰ってからの話だが、彼ら4人はわざわざセイネリアを呼び出して謝ってきたのだ。

『……その、助けに来てくれたのは感謝する。俺達はお前に嫌がらせをしてたのに……それも……悪かった』

 だがセイネリアはそれに、いかにも興味がなさそうに返した。

『自分の行動が悪いと反省するのはいいことだ。だが俺に礼はいらないぞ。礼を言うならグティックに言え、あいつがお前らを追いかけていなかったら命令違反で見捨てた可能性も高い。俺は最初からお前達は失くしてもいい戦力だと思っていたからな」

 それにはさすがに彼らも顔を引きつらせた。

『ただ勘違いするなよ、お前達を見捨ててもいいと俺が思っていたのは、戦力的にお前達が一番役に立たないと思ったからだ。嫌がらせの件はどうでもいい、だから謝らなくていいぞ、そんなのわざわざ根に持つのも馬鹿らしい』

 今度はいかにもほっとした顔をした連中に、そこでセイネリアはついでだからもう一言付け足しておく事にした。

『ただ……お前達、窮地に陥った時、俺に嫌がらせをしていたから助けに来てくれないんじゃないかと不安にならなかったか? 俺は気にしないが、気にする奴だったらそれで丁度いいとわざと見殺しにしたかもしれないな。……つまりだ、何かあった時に助けてもらいたかったら普段の行いには気を付けておいた方がいい』





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