黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【53】



 それ以後、彼らは他人を見下したり、他人を馬鹿にする事はなくなった。砦での仕事も訓練も真面目にしていた。グティックにもわざわざ本当に礼を言いに行ったらしく彼への態度は一変した。

「やっぱなんか張り合いがないんだよな」
「それじゃ少しシャキっとさせるためにも一勝負だな」
「んー今日は思いきりやりやすいように練習剣持ってくるか」
「あ、グティックさん、俺ら行ってきますんで!」
「あ……うん、じゃぁ頼む」

 例の4人が揃って倉庫に向かう姿に皆から笑い声が上がる。グティックは微妙に気まずそうな顔をしていたが、それでも暫くすれば周りに釣られて笑っていた。

 結果として、トーラン砦から無事皆生還して、隊の連中はそれなりの向上心を持つようになって隊の中でのグループ間のギスギスもなくなった……とそう纏めると全部いい方に行ったように思える。

「おい、セイネリア、お前はやるのか?」
「いや、今日は止めておく」
「そっかー」

 それにはがっかりした顔をする者と明らかに安堵の顔を浮かべる者がいた。勿論後者の方が多い。
 今ではセイネリアが一人で剣を振っていても、隊の連中でそれを疎ましく見てくる者はいない、こうして皆気楽に声を掛けてくる。

 ただそれに、セイネリアは居心地の悪さも感じていた。

 彼らの『必死』を見てみたくて今回の砦行きを仕組んだのもあるから、この変化はある意味セイネリアの思惑通りではある。『使えない』連中がちゃんと『使える』連中になったのにはケチのつけようはない、良かったじゃないかと思うところだ。
 けれどセイネリアは彼らと慣れ合って仲間ごっこをしたい訳ではなかった。彼らを強くするのを手伝い、こちらに従って貰ったのも彼らを助けたのもあくまで戦場で生き残るためにしたことである。

 今はもう、その必要はない。

 それにこれから冬になって、予備隊は冬季勤務の連中と交代して長期の休暇に入る。時期としても丁度良いだろう。
 だからセイネリアはバルドーに言って、その日の訓練終わりの夕礼で、皆に言いたい事があるから時間を貰えるように頼んでおいた。

 ……そして。

「あんた達に一つ言っておくことがある。今回、この隊がトーラン砦に飛ばされたのは俺のせいだ。俺の噂話はあんた達もいろいろ聞いたことがあるだろ? その一つが原因で、上の人間の怒りを買って隊毎危険な戦場に飛ばされたという訳だ」

 それに、セイネリアは謝罪の言葉を付けはしなかった。
 事態を理解できず、ざわつく連中が不審と疑いの目を向けてくる。

「おい、お前っ」

 バルドーが話を止めようとこちらの肩を掴んだ。事情を知っている彼は、ざわつく他の連中を見つつもこちらに目で訴えかけてくる。
 けれどセイネリアはそれを無視して言葉を続ける。謝罪の代わりに唇に薄い笑みを引いて、いかにも悪意があったかのように彼等に告げた。

「あぁ言っておくが、勿論ただの噂じゃなかったから向うが怒ったんだ。そして俺は最初から上を怒らせて戦場へ行くのが目的だった」

 ざわつきが大きくなる。
 まだ疑い混じりだった視線に、怒りが混じる――それでいい。罵声を上げる者はいなかったが、自分を見る彼等の顔には敵意があった。
 セイネリアはそれ以上なにも言わず、手を上げて終わりを告げるとその場を立ち去る事にした。

「馬鹿野郎が……」

 片手で顔を覆っていたバルドーの横を通り過ぎれば、彼のその呟きが聞こえた。セイネリアはそれに何も言葉を返しはしなかった。

 その日以降、隊の連中は基本的にセイネリアには話しかけてこなくなった。たまに遠回りにこちらを見て溜息を付く事はあるが、話しかけてくるのは必要最小限やる事をバルドーが言ってくるくらいだった。それはここへ来た当初と殆ど同じではある。
 とはいえ違いとして、それでも彼等は訓練を続けてはいたし、守備隊の連中がくれば楽しそうに模擬試合をやっていた。ただその輪の中から、セイネリアがいなくなっただけの話だ。



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