黒 の 主 〜騎士団の章・二〜 【51】 バルドーもそれには身を乗り出した。確かにあんな硬くてヤバイ化け物、蛮族やケイジャスが操るためには何かもっと奴らの習性を利用するような効率的な方法を知っていたと考えられる。 「落とし穴だ」 「は?」 「あいつはちょっと深い落とし穴に落してやれば自力で上がれないらしい。だから奴らのアジト周囲の堀もあんな浅い中途半端なものだったのさ」 バルドーは目を丸くして……それから吹き出した。 確かに硬くて重いあの大きな体では穴に落ちたら上がれないわな、と言われればそうとは思う。バルドーが笑いだしたのを見るとセイネリアもにやりと口角を上げて、呆れたように肩を竦めてみせた。 「で、穴から上がれないのは例の虫共も同様で、ダンデール族はそれを利用して穴を掘ってあの虫共を飼育して食ってたらしい」 「うぇっ、あれ食うのかよっ」 「焼いて食うと美味い……らしい」 「うへぇ」 バルドーが顔を引きつらせる様子にセイネリアが声を出して笑う。バルドーも顔を引きつらせつつ笑ってみせれば、セイネリアは笑い声を収めた。 「ある日ダンデール族が虫の飼育穴を覗いたら、虫がいなくなっていて奴がいた。自ら虫を食うために穴に入って出られなくなっていたという訳だ」 バルドーはそこでまた吹き出した。なんというか死ぬか生きるかの戦いがあった化け物にまつわるエピソードとしてはあまりに間抜け過ぎるだろう。 「ただそいつにケイジャスが興味を持った。そのままあの化け物を穴の中で飼育して、その習性を調べた。で、毎日苦労せず与えられた餌をたらふく食って予想以上に大きくなった化け物を見て、今回の作戦がたてられた……そうだ」 「……はぁ……んじゃつまりあの化け物はダンデール族のペットみたいなものか」 「守り神扱いになってたらしい」 「あー……まぁ、成程なぁ」 落とし穴に落とさなければあれを倒すのは至難の業だから、確かに守り神と言われてもいいくらいの化け物ではある。普通イキナリあれと戦う事になってすぐ落とし穴を準備など出来る訳もない。 「虫共を操るのはもとから飼育していただけあってダンデール族は慣れてた。女王虫の分泌液を使うらしい」 「へー……」 「この国の連中は、蛮族は頭が悪いと見下しているが、奴らは奴らでこちらの知らない事を結構知ってるものだ」 その声には茶化す雰囲気が一切なかったから、思わずバルドーはセイネリアの顔を見た。思った通り彼の顔には笑みはなく、ただ口元だけが皮肉げに歪んでいた。 「確かに、蛮族だからって馬鹿にするべきじゃないな」 試しにそう返してみれば彼もこちらを見た。金茶色の瞳はまともに見ると不気味で、バルドーはそれとなく視線を落した。 「どんなに自分より劣ってると思える相手でも、必ず自分の知らない何かを知ってる。なにせ人間一人が世の中全ての事を知って体験できる訳がない、立場や生きてきた道が違えば必ず違う知識を得ている」 正直バルドーは驚いた。これだけの力があって頭が回る男が、どんなに下に見える相手でも他人を見下すべきではないと言っているのだから。 とはいえ普段の彼の態度を知っているから皮肉を返したくはなる。 「だがお前は、貴族様や、ウチの隊のサボり組を見ちゃ見下したような事言ってるじゃないか」 すると彼はにっと笑ってみせる。 「それは単純に、あいつらが他人を見下してるからだ。見下して自分をいつでも正当化するような連中は視野が狭い。そういう奴はどんな知識を得ても自分が思った事以上を理解できないし、自分と違う意見は聞かない。のびしろがないから使い捨てで利用する程度しか価値がない」 バルドーは口元を引きつらせた。やっぱりこの男は性格が悪い。というかこの辺りが冷酷だとか非情だとか噂話で言われる所以なのだろうと思う。 「それでも一応、奴らが言う言葉自体は聞くぞ。大抵はこちらの予想通りの事しかいわないが、どんな奴の意見でも聞くだけは聞く。従うかは別だが」 ――まぁ、本気でこういうのが大物って奴なんだろうな。 既に馬鹿強いくせに鍛錬を欠かさず強い者と戦いたがり、人より知識があるのにどんな下に見える者でも話は聞く。場合によっては敬ってない相手に頭を下げるだけの腹芸も出来る。どれだけ恐れられても褒められても驕らず、頭はいつでも冷静――なんというか強さ云々だけではなく、一言でいうならやっぱり化け物という言葉以外出てこない。どこかで運悪く死なない限りはこいつはとんでもない人間になると思える。 ――どう、とんでもないかってのは……こいつが何を目指すかによるだろうが。 願わくば、彼が今後自分の『敵』になる方向に進まないで欲しいものだと、それくらいしか今のバルドーに言える事はない。少なくともこんな化け物と戦う側になるのは勘弁してもらいたい。 「……ヘンな事考えんなよ」 思わず呟けば。 「ヘンな事とはなんだ?」 聞き返されて、バルドーは舌打ちする。 「騎士団で討伐対象になるような事にはならないようにな、って事だよ」 それには彼は暫く笑い声だけを返して、それからやたら軽口で言ってくる。 「その時にはあんたは騎士団にいない方がいいぞ」 「おいおい……」 バルドーは頭を抱えて見せた。見た目だけならどこまでも不遜な態度を取る男は、それにも笑っていた。 --------------------------------------------- |