黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【50】



 トーラン砦はクリュースの最東にある砦である。東側の蛮族は特に血の気が多いのばかりで頻繁に部族間戦闘が起こっていたが、ジェスパゼア族が一つ抜けてケイジャス王国が出来た事で多少は大人しくなった……と数年前までは言われていた。だがどうやら大人しかったのはケイジャスが他の蛮族達にいろいろ手を回して準備していたからで、準備が出来たからこそここのところ頻繁に襲撃を掛けてこちらを揺さぶっていたらしい。

――よく生きてたもんだ。

 あの戦いが終ってから、蛮族の襲撃どころか偵察の一人も見なくなった笑える程平和な森を見て、バルドーはそう思う。

 こちらが連れてきた捕虜を尋問した後、ケイジャスがどれだけ今回のために準備をしてきたのかその全容が判明した。
 ケイジャスという国が出来てある程度安定してから、あの国は数年がかりで他の蛮族達と繋がりを作り、クリュースの砦を落とす計画を立てていたらしい。あの虫共も化け物もわざわざこのために育てていたと聞けばご苦労様としか思えない。そこから森の中に襲ってもらうための拠点を作って、全ての準備が出来たところでクリュース側が攻めにくるように嫌がらせを開始した。

 その執念深さにも周到な計画ぶりにも感心してしまうが、そこまでがんばって頭を使ったあの国でも目的は蛮族とほぼ変わらないのだから敬意を払う気には少しもならない。

 蛮族達が度々クリュースの砦を攻めてくるのは、早い話が略奪行為のためだ。クリュース兵を殺せばその装備や持ちモノを、砦が落せれば中にある武具備品から魔法道具、勿論食料等もだろうが……とにかくクリュース内のものは他国では価値が跳ね上がる。売ってもいいし、使えばクリュース以外の相手との戦いではかなり優位に立てる。
 特に魔法系の道具は首都なら比較的簡単に買えるが、首都から遠くなると冒険者事務局経由か、神殿からの直買いしか出来ないため他国の者がクリュースに潜入して仕入れるのは難しい。商人も他国の者なら規制がかかるため、商人に頼るのも難しいし、売ってくれても相当にふっかけられる。

 だから、砦を襲うのだ。

 こんな首都から遠い辺境で、クリュース製の武器やら魔法道具が大量にあって、更に手軽に行ける場所と言えば砦となる訳である。
 ただある意味、これはクリュースが周辺国家から飛びぬけて技術や生活水準が高いため起こり得る事態ではあった。他国も正面切って戦えば勝てない事が分かっているから蛮族達を利用してちょっかいを掛けるのが関の山で、そのため大規模な戦争というのが起こらず、クリュース軍にとって戦闘といえば蛮族との小競り合いばかりとなった。
 国内における領地間戦争だと事情が変わるが、大事になりそうだと魔法ギルドがついている国王が介入してくるから小競り合い程度で終わる事が殆どで、数千規模でも滅多になく、万を超えるような大軍同士の戦争なんてファサン併合後は一度も起こっていなかった。

 まぁなんというか――他所と比べたらとんでもなく平和なんだろう、と蛮族や他国の事情を知れば知る程バルドーはしみじみ思う。

 ちなみに今回の捕虜の尋問だが、最初は砦にいるケイジャスの言葉の出来る奴がやっていたが、あとからアルワナ神官が呼ばれてそれでかなり細かいところまでが明らかになった。眠ったところで自白させる程度ならアルワナ信徒でも出来るが、今回は間に通訳を挟まなくてはならなくて面倒だからと、直接眠った人間から記憶を読み取れるくらいの能力があるアルワナ神官が呼ばれたという。

「随分気の抜けた顔をしてるじゃないか」

 そこで掛けられた声にバルドーは振り返る。いや、振り返る前からそれが誰かは分かっているが、相変わらずのふてぶてしいその姿を見て……その化け物ぶりを想像してどうにも唇が引きつるのは仕方ない。

「そら気も抜けるさ、平和過ぎて。まぁ捕虜の話からすると、当分は向うも攻めてくる余裕なんざなさそうだが」
「そうだな、勝てばどうとでもなると思って蛮族側をかなりないがしろにした作戦だから、勝てなかった段階でついてた蛮族共は皆離れたろう。へたをすれば逆に敵になったんじゃないか」

 セイネリアは言いながら城壁の石壁に寄り掛かった。気が抜けてるのはどっちだと言いそうになったが、これでこの男の場合はもしもの事があっても対処できるのだろうなとも思えば文句をいう気もなくなる。

 予備隊は砦兵の交代要員として暫くここで過ごす事になっていた訳だが、どうやらそれは思ったよりは短い期間で終わりそうだった。
 そもそも頻繁な襲撃があるため休みが取れない砦兵を休ませるための交代要員だったから、襲撃が来なくなったら休みを取らせる事も出来るようになる。暫くは蛮族もクリュースよりケイジャス相手に揉めそうではあるし、そもそも森の中の拠点がなくなった段階で前のように頻繁にちょっかいを出してくる訳にはいかないだろうから、暫くはこの平和が続くと上も見ていた。

「そういやあの虫共と化け物だがな、おもしろい話を聞いたぞ」

 そう言ってきたセイネリアに、バルドーも壁に寄り掛かって聞き返した。

「なんだ?」
「蛮族共があの虫や化け物をどうやって使っていたかだ」
「へぇ……」

 あの化け物を倒した後、一旦は砦へ戻ったクリュース軍だが、その後人手を増やしてあの場所を再利用できないように片づけに戻った。蛮族の死体や例の虫共はちゃんと蛮族達が持って行ったようだがその他はそのままで、バルドーはその時初めてセイネリアが倒したという化け物の死骸を見た。
 グティックから話は聞いていたが、確かに馬鹿硬くて重くて……他の動物に荒されているのに形ははっきり残っていた。弓も効かないという話だから、こっちがこれと対峙する事にならなくて良かったと改めて胸を撫でおろしたものだ。

「あの化け物だがな、こっちは苦労して倒したが、もっと簡単に無力化する方法があったそうだ」





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