黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【49】



 作戦終了から12日後。
 壊滅させた蛮族達の拠点の調査や建造物の解体等、人手の必要な後始末や調査が一通り終わってから、傭兵部隊だけは先に仕事終了となって首都へ帰る事になった。
 これは当初からの予定通りで、セイネリア達予備隊の者はしばらくは残って砦の仕事を手伝っていく事になる。

 予備隊の面々は既に砦の仕事に配置されてはいたが砦兵達が気を利かせてシフトを調整してくれたこともあって時間が出来、傭兵連中が帰る前夜は彼らをこちらの大部屋に呼んでちょっとした別れの宴会をする事になった。
 命が懸かった戦場を共にしたというのは大きく、ダンデール族側へ行った部隊の連中は連帯感が生まれていたというか、皆やけに仲良くなっていた。だからまた気分よく盛り上がって、途中からはその時の砦兵の連中もやってきて部屋はぎゅうぎゅう詰めになった。

 セイネリアは宴会は嫌いではないが騒ぐの自体は好きではない。
 だから一人で飲んでいたのだが、最初は怖がって近づいてこなかった連中も酔ってくれば鈍感になって、そのうち話をせがむ連中に取り囲まれる事態となった。聞かれる話といえば魔槍の話や師であるナスロウ卿の話で、自分は今後どれだけ同じ話をする事になのかと思って正直うんざりした。それでも場の空気を盛り下げる気はないから、とりあえず聞かれた事だけは答えた。流石にあの硬い化け物を倒した時の武勇伝は頼まれても話す気にはならなかったが、それは代わりにその場にいたグティックやアグラックが嬉々として話していたから放っておいた。

 ただそうした中で真夜中の鐘の音を聞き、セイネリアはアグラックと共に一度部屋から出た。これは彼が部屋にやって来た時に言われていたことで、部屋の宴に参加しなかったシーナから話がしたいと言われていたからだった。

「気分よく飲んでいるところを呼び出してしまってすみません」

 連れてこられたのは傭兵部隊の男連中用の部屋――おそらくアグラック達の部屋――で、今は皆予備隊の部屋へ行っているから他には誰もいなかった。

「いや、実を言えばどんちゃん騒ぎはあまり好きじゃない」
「そうですか」

 シーナはそれで軽く笑う。

「話とは何だ?」
「そうですね、確認したかっただけです。他の……傭兵参加者がいると少々話し難かったので」

 セイネリアはそれに片眉を上げた。シーナはこちらの表情を伺うように見ながら口を開いた。

「敵を深追いした騎士団員を探して助けてくれた……という事で、こちらのパーティには追加報酬が入りました」
「良かったじゃないか」
「……これは、貴方の仕業ですね?」

 にこりとそこで笑って見せたシーナに、セイネリアも笑って答えた。

「その通りだ」
「そのために、あの時私にパーティーを貸せと言ったのですか?」
「あぁ、そうだ」
「何のために?」
「実際あんた達がいて助かったからその礼代わりだ。それと、あんた達は優秀だ、だからちょっとした貸しを作っておこうとも思った。……ただ、思った以上に大ごとになったのは想定外だ。結果としては良かったが、あんたのパーティーメンバーを危険に晒した事は謝る」

 そこでシーナは口に手を当てて声を出して笑った。

「随分正直に言いましたね。それにわざわざ謝られるとは思ってませんでした」
「自分のミスは認めるさ。それに、誤魔化さない方が心証がいいだろ」
「その通りです」
「俺も騎士団勤めが終ったら冒険者に戻る。その時のために、組んで得するような連中にはツテを作っておきたかったのさ」

 軽口のようにセイネリアが笑みと共に言えば、シーナも笑ってからじっとまた顔を見てきた。

「それなら貴方の場合、わざわざこちらに貸しを作る必要もありません。組む価値のある強い人間と知り合いたいのは冒険者なら皆思う事です。セイネリア・クロッセス、化け物と言われる貴方の力は十分に分かりました。またぜひ、仕事では声を掛けてください」
「あぁこちらも、いい仕事があったら声を掛けてくれ」
「はい、勿論」

 それで彼女との話は終わりとなった。
 後は3人ともすぐに部屋を出て、シーナは女性部屋へ、セイネリアはアグラックと予備隊連中の部屋に戻った。

 ただ、部屋に向かって歩いている最中、セイネリアは共に歩くアグラックに聞いてみたい事があった。なにせ彼はシーナとの話の間中、ずっと難しい顔でこちらを睨んでいたのだから。

「俺がシーナと話すのが気に入らなかったのか?」

 パーティの盾役らしくガタイのいい戦士は、それに相当言いづらそうにまた顔を顰めた。そうして言って来た声には明らかに苛立ちがあった。

「……そういう訳じゃない。あんたの強さは尊敬しているし、シーナが言った通り、また共に仕事をしたいと思ってる」
「その割りに、すごい顔で睨んでたじゃないか」
「それは……」

 顔つきからして堅物そうな男は、酷く言いづらそうな顔をしてから溜息をついた。

「あんたの強さは無条件に尊敬出来るが、その……女グセの悪さも……有名だからだ」

 セイネリアは思わず喉を揺らす。成程、どうやらこの男はセイネリアが彼女に手を出そうとしたら守ろうと、それで内心決死の覚悟でこちらを見張っていたという訳だ。

「安心しろ、また組みたいと言えるいい仕事仲間なら、向うから誘ってきた時しか手を出さない」
「……なんだそれは」
「女グセが悪いなりに、ちゃんとあとあと面倒にならないようには立ち回ってるという事さ」
「だからなんなんだそれは」
「……お前、女と寝た事がないだろ?」

 言えばアグラックは顔を真っ赤にして黙った。
 そうしてその後彼は宴会中の部屋に戻ると、何かタガが外れたように酒を飲みまくって仲間から心配されていた。

 翌日、流石に見送りは仕事があるため砦前で済ませたが、シーナ達傭兵連中は全員揃って砦をあとにした。後日、無事首都へ戻れたとセイネリアには冒険者事務局経由で連絡が入っていた。




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