黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【46】



「やったか」

 アグラックの声が聞こえてこちらに駆けてくる。セイネリアは大きく息を吐くと同時にその場で一度膝をついた。さすがに足にきたかと思わず自嘲する。

「どうにかな」

 息を整えてそれだけ言ってから、セイネリアは槍を支えにして立ち上がると化け物の頭の方へと向かった。覗き込んで動かないのを確認してから、もう一度魔槍を振り上げて首に落とす。流石に硬いが3度程落とせば首は落ちた。これで実は生きてたなんて事も起こらないだろうとセイネリアは槍を投げ捨て、そこでやっと地面に座った。

「……ほんとに、あんたは噂通りの化け物だな」

 近づいてきたアグラックに、セイネリアは周囲を見渡しながら答えた。

「この槍があったからどうにかなっただけだぞ」
「いや、あんた以外だったらそれを持ってても倒せてないだろ。むしろもしそれを持ってなかったとしても、あんたならどうにかしてたんじゃないか」

 見たところ周囲に敵の気配はない。この後更に近づいてきているものも感じない。さすがにこの化け物で終わりと見て良さそうだとセイネリアは思う。

「買い被りだな」
「いや……本物の化け物を見れた」

 そこで彼の傍にもう一人、彼の仲間のレイペ信徒の男……カトンがやってきて、セイネリアの横に弓を置いた。

「これは返すぞ。俺にピンポイントで目でも撃ち抜けるくらいの腕があったら良かったんだが、敵さんが硬すぎた」
「仕方ない、こっちもあんなのが来ると思わなかったからな」
「役に立てずすまなかったな」
「いや、あんたの役目は神官を守る事だろ、ならちゃんと果たしてる」

 それにはちょっと嬉しそうに笑った男に、アグラックが背を叩いて言った。

「俺だってお前がいなかったら役立たずだったさ」

 まったくいいパーティじゃないかとセイネリアは軽く鼻を鳴らして笑みを浮かべる。
 そこで隠れていた木からおそるおそる出て来た予備隊連中が見えたから、彼らに向かって声を張り上げた。

「歩けない奴はいないな? すぐ本隊のところへ戻るぞ」

 そうして立ち上がろうとすれば、それには即女の声が返ってくる。

「一人、治癒が途中です。少し待ってもらえますか」
「分かった」

 返事と同時にセイネリアは立つのを止めてそのまま座った。
 リパ神官のグリューナは、それで木の影から遅れて出て来た者のところへと向かう。カトンとアグラックも焦って彼女を守るように追いかけていった。

「なぁ、あの化け物は虫共を追ってやってきたんだろ?」

 言って近づいてきたのはグティックで、セイネリアは顔を上げて彼を見た。

「そうだろうな、相当の好物なんだろ」

 グティックはそのままこちらの傍に座る。

「ならどうして、お前を見た途端攻撃してきたんだ? さっさと虫を追いかければよかったのに」

 そう、セイネリアも最初はあの化け物はこちらを無視して虫を追いかけるかと思っていた。だからいきなり敵意を向けてきたのは疑問だったのだが、思い当るものがない訳でもなかった。

「おそらく、体液だ」
「体液?」
「奴がくる前に俺達は虫をさんざん殺してその体液を浴びてたろ。それでこっちをエサを横取りする敵とでも認識した……辺りじゃないか」
「あぁ……成程」

 そう考えれば大体ケイジャス側の計画も予想出来る。あの虫の群れを見たら、クリュース兵はただ逃げるなんて事はせずに殺しに行ってその体液を浴びるだろう。そうすればあの化け物はクリュース兵を追ってくれる。クリュース兵は逃げて砦に戻るだろうから、化け物はそのまま砦を攻撃する筈だった。

「じゃ、もしお前がやられてたら、俺達も攻撃された訳か。皆ベトベトだからな」
「だろうな」

 実際、敵がこちらを無視せず攻撃してくる可能性があったから他の連中を隠れさせてセイネリアだけが見える位置にいたのだ。攻撃するならこっちに来いという意図ではあったが……まさかあそこまで即、餌を無視してこちらに向かってくるとは思わなかった。

「……俺達は運が良かった。お前がいなきゃとんでもない事になってた」

 セイネリアはグティックを見る。倒せたのも運が良かったせいだ、と言おうとしてから止めて苦笑した。
 確かにおそらく、セイネリアがいなかったら――あの化け物にさえ簡単に刃が入るこの魔槍がなければ、ケイジャスの計画が成功していた可能性は高い。
 勿論クリュース軍なら化け物がどれだけ硬くても、最終的には神官やら魔法使いを呼ぶなり力技でどうにか始末は出来ただろう。ただそれでもすぐには対処出来なかった筈だ、砦は無事では済まなかっただろう。
 蛮族だ小国だと見下してはいても、どうみても今回、すくなくとも作戦を立てる側はケイジャスの方が頭が良かった。

 結果は、こちらの運が良かったというべきか、逆にケイジャスの運が悪かったというべきか。

 ただここに丁度自分がいたという偶然がまるで何かに仕組まれたもののようにも感じられて――運命、なんて言葉まで浮かんでしまえば気分が悪くなる。それでも今は、今回も生き残ってやったとその結果を素直に受け取っておこうとセイネリアはそう思う事にした。




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