黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【47】



「その化け物はお前が倒したのか?」
「あぁ、結構手間取った」

 やはり倒した当人は淡々と答えたが、その横にいたグティックが興奮した様子で言ってきた。

「ドラゴンくらいでかくて普通の剣なんかじゃ全然歯が立たない化け物だった。あの虫はそいつのエサだったんだ、こっちが先に虫を殺してその体液を浴びたらその化け物もこっちを狙う事になってた。ケイジャスの奴らは最初からその化け物をこっちにぶつけるつもりだったんだ」

 バルドーはその言葉を一旦整理しようとして……とりあえず今は止める事にした。

「グティック、落ち着け。落ち着いてからあとでちゃんと整理して話してくれ」

 するとセイネリアがやはり落ち着き払った声で言ってくる。

「ケイジャス人らしいのを一人捕まえてきた。砦にはあっちの言葉が分かる奴くらいいるんだろ、詳しい話はそいつから聞いたほうがいい」

 帰ってきた連中を見れば、確かに傭兵部隊にいた重装備の戦士が一人、見慣れない人間を連れていた。恰好だけみればダンデール族ではあるのだが、大人しくついてきている段階で蛮族ではない――つまりケイジャスの人間ということか。

「それより、砦かソド族側へ行った連中から、何か緊急の連絡はあったか?」
「いや……のろしは上がってないし、光石が投げられたのも見てないな」

 セイネリアはそれに少し考えた素振りをみせたが、すぐにこちらに言ってくる。

「なら向うにはこっちみたいな手の込んだ仕込みはなかったんだな。それならいいさ、結界を張っておいた場所まで戻って野営準備だ、砦には朝一で戻ればいいだろ」

 それからセイネリアは後ろで小さくなっていた隊長の方を向くと、わざとらしく丁寧に頭を下げてみせた。

「それで良いでしょうか、隊長殿」

 相変わらず小さくなってはいるものの僅かに気が緩んだような顔をした隊長は、それには一応聞こえる程度の小さい声で答えた。

「あぁ、それでいい。……よくやってくれた」

 セイネリアはそれにも恭しく頭を下げてみせる。
 内心ではまったく隊長の事など敬ってはいないんだろうと思っても、一応形式を守っている姿を見せるあたりはつくづく頭のいい男だとバルドーは呆れながらも感心した。

 ともかく、その後は簡易結界を張っておいた場所まで戻り、そこからまた狩人達が動物避けの結界をあらためて掛けて、夕食の支度をして……酒は入らなかったし仮眠や食事は交代制だったが、なんだか皆和気あいあいと楽しく騒ぎながら安堵した夜を過ごした。





 翌朝、予定通り野営地を片づけて、セイネリア達ダンデール族の拠点に向かった部隊は無事砦に帰り着いた。
 隊長だけはまだ報告義務があるが帰ってきた者達はそこで解散が言い渡され、やっと完全な休息が取れる事となった。川で洗い流してはいてもまだべとつく体を風呂で洗えばまさに『生き返った心地』というやつで、セイネリアでさえもその後はまず泥のように眠った。

 いろいろ状況が分かったのは、そうして一度寝て起きてからだった。

 セイネリアの考えたところでは、ソド族側に向かった部隊や砦側から緊急の指示が飛ばなかった段階で、向うではこちらのような想定外の事態は起こらなかった事となる。そして実際思った通り、そちらの部隊はソド族の拠点を壊滅させて昨日の内に帰って来ていた。
 ただ砦兵の連中から聞いた話によると、襲撃した途端ソド族は一斉に逃げ出して、ケイジャスの国境ぎりぎりまで追いかけっこをやるハメになったらしい。途中に落とし穴や沼地などの罠があってこちらの損害は殆どそれのせいで、実際の戦闘と言える程の戦いは起こらなかったということだった。
 早い話、ソド族側の部隊は向かってきたクリュース軍をひきつけておくためだけのものだったという事だ。

 そうなればやはり、どちらも裏にケイジャスがいたで確定だろう。

 ケイジャスとしては、ソド族の部隊は単にクリュース側に戦力を割かせてひきつけるだけの囮のようなもので、本命の作戦はダンデール族側に仕掛けていた。どうしてダンデール族側を本命にしたのかと言えば、ダンデール族の方がクリュースからみて嘗められていると予想した上と考えれば納得できる。
 まったく、今回のケイジャスの連中の計画はよくできていたと今になってセイネリアは感心していた。作戦全体がどういう仕組みになっていたのか興味があるから、砦兵に捕虜の尋問で聞いて貰いたい事をだめもとでこっそり言っておいたくらいだ。

 ちなみに帰ってきた直後、ソド族側へ行った隊の隊長や砦の指揮官達はこちらに向かって『遅かった』とか、『随分ボロボロで苦戦したようだ』等と侮辱する発言をしてきていたのだが、捕虜となったケイジャス兵の尋問が終わってからは態度が一変した。

『諸君らの働きは実に素晴らしかった』

 わざわざ集められて改めて指揮官の感激(?)のスピーチを聞かされる事になったのは辟易したが、振る舞われた酒と料理は遠慮なく馳走になって皆、大いに盛り上がった。




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