黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【45】



「うぉぉおっ」

 セイネリアは急いで視線を声の方に向けた。アグラックが化け物に向かって横から突っ込んで行く。彼の狙いは……丸まって玉になった奴の中心部か。確かに側面の中心部分なら甲羅に覆われてはいない。だが突っ込むタイミングが悪い。敵が止まった時を狙ったのだろうが、こいつは止まれば一度その形態を解除する。
 だから次に聞こえたのは化け物ではなくアグラックの声で、重装備の男は側面から伸びた化け物の前足で吹っ飛ばされ、派手に弾かれて転がっていった。その彼を助けるように化け物に矢が飛んでくるが、それは硬い体に跳ね飛ばされて地へ落ちる。

「大丈夫かっ」

 セイネリアは怒鳴る。シーナから借りてる手前、誰かを失って返す訳にはいかない。だがそれとは別にこのチャンスを逃がす訳にもいかなかった。
 セイネリアは化け物に向かって走る。
 視線を向けている暇はないが、大丈夫だ、という声は聞こえたからアグラックは無事だろう。

 化け物は体の向きを変えてアグラックの方を向いている。つまり今、奴はセイネリアを見ていない。その間に化け物の背後に回り込んで出来るだけ近づく。
 だが化け物も馬鹿ではない。こちらが攻撃を仕掛けるまで気付かないなんて事はなく、すぐ傍まで近づけば慌てて尻尾で攻撃してくる。
 太く長い尻尾が一度引かれて大きくしなる。そのしなりの勢いをつけて鱗に覆われたそれがこちらに向かってくる。

 だがそれを、魔槍が叩いた。

 風魔法が入って切れ味を上げている魔槍の斧刃は、鱗に覆われた硬い筈の化け物の尻尾の根元に食い込み、そのまま尻尾を斬り落とす。
 化け物の悲鳴が上がる。切り離された尻尾が吹っ飛ぶ。地面に転がった尻尾がのたうち回って跳ねて暴れる。

――これで後ろを守れなくなったろ。

 化け物は鳴き声を上げながらも、今度はドスドスと荒々しい音を立ててセイネリアの方に向きを変えようとした。ただセイネリアはすぐにその場を離れて走っていた。だから化け物は途中までで動きを止め、自分の周りを走るセイネリアを首だけを動かして目で追う。憎々し気に声を上げて、首だけを上下に動かしてセイネリアを睨む。

――この辺りなら大丈夫か。

 セイネリアは背後を見て足を止めた。後ろには手ごろな大木。そして周囲に味方はいない。
 化け物はセイネリアが止まったのを見るとすぐに体の向きを合わせる。そこから頭を下げて体を丸め、勢いをつけて転がってきた。
 勿論それは想定内で、セイネリアは敵が転がりだした時点で横に逃げた。先程と同じように化け物は木にぶつかって止まる。止まってから丸まった形態を解除して、のそのそと向きを変えようとする。

 だが今回は、その背後を守る尻尾はない。

 逃げたまま敵の側面後ろへ回り込んでいたセイネリアが魔槍を持ち上げ、そうしてその後ろ足に斬りつけた。化け物はまた悲鳴を上げる。

「こっちもだっ」

 化け物を挟んだ反対側から聞こえた声はアグラックだ。
 その言葉と共に化け物の悲鳴がまた響いて、そのデカイ尻が地面へと落ちた。アグラックの方でも反対側の後ろ足を斬ったのだろう。ガクン、と化け物の背が落ちたせいで盾を前にした戦士の姿が見えると同時に……更にその後ろに彼の仲間のリパ神官とレイペの信徒の男が見えた。虫の群れがいなくなった段階で彼らも小屋から下りていたらしい。
 ならおそらく、先程アグラックが無事だったのもリパの『盾』の術が入っていたせいで、更に武器にもレイペの加護が入っていたからこのクソ硬い敵に刃が入ったのだろう。

 敵は悲鳴を上げて前足で地面を掻いてもがいていた。それでも動けないと見ると、体を丸めて防御の姿勢を取ろうとする。

「くそっ」

 アグラックが剣で叩くが弾かれる。
 さすがにレイペの加護があっても、この化け物で一番硬い背の部分には刃が入らないようだ。先程のように側面の中心を狙おうとしても、前腕の爪が伸びてきて彼は舌打ちをして後ろに下がった。
 ただそのおかげで化け物の意識はそちらに行っている。
 セイネリアは半端に丸まっている化け物のその後ろから近づいていった。こちら側は現状、化け物からは死角になっている。セイネリアは槍を振り上げた。

――どこまで入るか、だな。

 斧刃が固そうな化け物の背に落ちる。
 斬るというより、バキンと割るような音を立てて化け物の背に刃が食い込む。
 セイネリアは更に槍を振り上げては振り落とした。バキン、バキン、と振り下ろす度に背は割れて体液と鱗が飛び散っていく。その度に化け物が大きく鳴く。痛みに暴れて前足でひたすら地面を叩き、丸まって防御姿勢を取ろうともがく。
 けれどもう化け物には、丸くなる力も、立ち上がる力も残ってはいなかった。
 やがて声さえ上げられなくなり……そうして数度目に斧刃を落せばその大きな体は地面に伏し、最後まで動こうと上げていた頭が地に落ちてそのままぴくりとも動かなくなった。




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