黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【44】



 ここで残りの虫共が全て中へ行ったとしても、もう味方が潰れる事はないだろう。それに今目の前に堰き止められている虫共もどうせ大半は消える。

 なにせ虫を追ってきただろうその化け物は、倒木に堰き止められて密集している虫の群れに嬉々として飛び込むとそれらを食いだしたのだから。

「なんだ……ありゃ」
「あれが本命かよ」

 だろうな――と思ってセイネリアは両脇を駆け抜けていく虫共を無視して身構えた。虫の群れだけでクリュース軍を壊滅させようとしたなら違和感があるが、最初からこれをぶつけたかったのなら話は分かる。

 そいつの大きさは……高さだけならたいした事はない、せいぜい一般的な成人女性と同じくらいと言ったところか。ただ体の長さ、頭から尻尾までならセイネリアの身長の3倍はある。それは一見すると背が膨らんだ甲羅のあるトカゲといった姿で――セイネリアはこの化け物に見覚えがあった。

――随分懐かしい奴だが、大きすぎるだろ。

 思わず呆れて口元が歪む。
 こいつはかつて魔法使いケサランがセイネリアに無理矢理魔槍を呼ばせようと思って呼んだ化け物、それの3倍くらいデカイ版だ。ごつい爪と硬そうな鱗に身を包んだ上に背中が甲羅のように膨らんでいる化け物は、見た目通り馬鹿みたいに硬い。
 化け物は道を堰き止められて渋滞している虫の群れに顔を突っ込み、虫共を食いまくっていた。硬い虫共の殻を気にせずパキパキと音を立てているさまからして、顎も歯も相当に強いと想像できる。

――さて、どうするか。

 蛮族達の本当の狙いはこの化け物をクリュース軍にぶつける事だったのだろう。虫はこいつの餌で、それに釣られてこの化け物はやってきた。だとすれば放っておくのも一つの手ではある。誰も手を出さなければただ餌を貪るだけでこちらに攻撃を仕掛けてこない可能性は高い。

 おそらく――この槍ならこの化け物も斬れはするだろう。となれば倒そうとすれば倒せない事もないとは思える。

 だがセイネリアはこいつの攻撃方法を知っていた。戦いになれば巻き添えを食らってこちらに被害が出る可能性が高い。ならば放置してやり過ごし、本隊にも手を出すなと言いに行くべきかとそう思ったの、だが。

 虫達があらかた逃げるか食われるかした後、そいつはフンフンと鼻で地面を探りながら虫達の後を辿ってこちらに歩いてきた。どうやら死骸は食べない主義らしく、こちらが殺した虫共には目もくれない。セイネリアは槍を構えたまま倒木から大きく下がり、化け物の様子を伺った。
 化け物は地面を嗅いでいる。虫の居場所を探して倒木の上に乗りあがり、その重さに木がメキメキと悲鳴を上げる。そうして木の一部を潰しながらも乗り越えた後……その顔が上がって、わざわざ虫達の進行方向からは避けて立っていたセイネリアの方を見た。

 ぞっと、肌に感じたのは敵意。それだけでセイネリアは危険を察した。
 直後に槍を持つ手に力を入れ、走りだす。

「近づくなよっ、木の後ろに隠れてろっ」

 思った時には化け物は体を丸めていた。やはり攻撃方法はあの時と同じだ。
 こちらの背を越す甲羅の玉がセイネリア目がけて転がってくる。見る前に横へ逃げていたから避けられたものの、玉はセイネリアがいた方向の先にあった木にぶつかって止まった。ただぶつかられた木は派手に破壊音をあげる。そこまで太い木ではなかったのもあってか、それからゆっくりと木は倒れていく。

――これだけデカくなると、辺りにぶつかってまわるだけで被害甚大だな。

 思いながらもセイネリアは槍を持って、木にぶつかって止まった化け物に向かっていく。ケサランが出したあの化け物と同じ種族であるなら、ぶつかった後に隙が出来る。一度丸まった形状を解除してのんびり方向転換をする筈だった。
 けれども丸まった姿を崩した後、その後ろから回り込もうとしたセイネリアは近づく手前で足を止めた。そこから急いで後ろに飛べば、目の前をぶん、と化け物の尻尾が通過していった。

――ただデカくなっただけでもないか。

 苦笑しつつ、尻尾で追撃を掛けられてセイネリアは更に下がる。化け物側は尻尾を左右に振り回してけん制しつつ、ゆっくりと体の向きを変えていく。攻撃をするなら今がチャンスではある、……がヘタに近づけない。

「おいっ、大丈夫なのかっ」

 グティックが声を上げて聞いてくる。

「どうにかするさっ、ただ向かってきたら皆逃げろよっ」

 再び丸まって転がってきた化け物から逃げながらセイネリアは声を張り上げる。出来るだけ味方が隠れている方向へは逃げないようにしているものの、やむを得ない場合もある。この化け物のサイズがぶつかれば、木の裏にいても安心は出来ない。
 これは地道に少しづつダメージを与えて動けなくさせるしかないかとセイネリアは思う。だから再び敵が木にぶつかった音を聞いて足を止めた。
 だがそこへ、予想外の方向から声が上がった。




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