黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【43】



 おそらく――どういう手を使っているのかまでは分からないが、ケイジャス側は最後の手段としてこの化け虫共をこちらの部隊に突っ込ませる気だったのだろう。
 だからここへくる途中で柵がなくなっていた。こんな場所に見張り小屋があって兵が待機していた。そのつもりでケイジャス兵らしき連中はさっさと逃げた。どうせ言う事をきかない蛮族共なら、最後は巻き添えにしても構わないという訳だ。
 弓の連中はこの先に人を行かせないための見張り役と、虫共を突っ込ませた後に敷地内の様子を観察するために配置されていたか。虫共が来るのを知っていたから、奴らは逃げもせずに足止めをするだけでその場にとどまっていたのだろう。そうであればあの木の上の小屋にいる連中は安全な筈だ。

「なんだあれは……」

 比較的セイネリアに近い位置で身構えていたアグラックが呟く。セイネリアは槍を構えたまま返した。

「デカ虫の群れだろ、見た通り背は硬いだろうな。基本は盾で叩き落すか腹を狙え」

 化け虫の群れは真っすぐこちらへやってきたが、セイネリアが倒した木に堰き止められて止まる。どうやら倒木を自力で越える事は出来ないようだった。重みのせいか虫らしく側面を上るのも難しいらしい。だが次々後ろからやってくれば木に堰き止められたその仲間の上に押し出された連中が乗り上げる。それが積み重なれば木を越えてこちら側まで溢れてくる。ぼとぼとと倒木の上から零れて落ちてくる。
 それをセイネリアは魔槍で薙ぎ払った。
 予想通り、この槍ならこの敵は難なく斬れる。木から飛び出した部分が切り取られてふっ飛ばされ、敵の群れに飲まれる……が、敵は次から次へとやってくる。キリがないが斬り続けるしかない。

「くっそおっ」

 倒木を盾として、他の連中も登ってきた虫が来るのを必死に防ぐ。
 幸いにしてこの状態だと越えてきた虫は腹をこちら側に向けている事が多い、予想通り腹は剣が通るようで次々と斬り捨てられた虫は群れの中へと落ちていく。とはいえ虫の背側は刃が通り難いらしく、その場合は盾で叩き落とすしかない。

「がー、きめぇっきめぇっっ、俺ぁ足が多いのは嫌いなんだよっ」
「それにくせぇっ、気持ち悪っ」

 怒鳴ってるのは例の馬鹿共だ。それでもさすがにこの状況では彼らも覚悟を決めて、逃げるでもなくひたすら虫を殺している。戦えずに木に隠れているのは治癒が終わっていない1人だけだ。
 虫共はあとからあとから湧いてくる。やってくる方向は暗いのもあるが終わりが見えなかった。

「数がいすぎる、キリがないっ」

 右手方面にいるアグラックが言いながらやはり盾で虫を叩き落とす。同時に剣でも始末していて、セイネリア以外では彼が一番多くの虫を始末していると思われた。
 思った以上に虫の腹は柔らかいから他の連中も剣はまだ大丈夫なようだが、腹を刺せば飛び散る体液が武器にも体にもかかる。匂いは途中から鼻が馬鹿になってどうでよくなっても、手のべとつきや体が重くなるのはどうしようもない。
 そして当然、こちらの体力がどこまで持つかが一番の問題だ。

「本当にっ……キリが……くっそぉぉっ」

 グティックの声は左後方から聞こえる。例の連中3人も彼の方にいる筈だった。ただ隠れている1人はともかく、あとの2人も怒鳴っていたのは最初だけで今では声も聞こえてこなくなっていた。動いている気配はあるからまだ無事だろうと思うだけだ。

 時間が経つにつれ声を出す余裕もなくなり、皆ひたすら虫を叩き落とす作業を繰り返す。勿論、それでも全ての虫を食い止め切るのは不可能で、こちらの横をすり抜け、溢れた連中はそのまま蛮族達のいた敷地内と向かっていく。中には虫達を呼び込む何かが仕掛けてあるのだろう。
 最初から全てを防ぎきれるとは思っていないが数は半数以下にまで減らせているから、もし中にいる連中が逃げていなくても十分対処できる筈だった。どこまで群れが続くのかにもよるが、この調子で間引き出来ていれば最悪の事態を想定しても本隊の連中に被害はほぼ出ないだろうと思えた。

 ただそう考えれば違和感がある。
 虫達はこちらを攻撃してくる訳ではない、なら例え本隊にこれが全部向かっていたとしても壊滅的なダメージを受けるだろうか? それがケイジャスの狙いなのか?

 そう考えていたところで、セイネリアは足の裏に違う振動を感じた。
 まだ遠い、けれどもこれは虫の群れの振動ではなく、もっと大きな質量の何かだ。
 振動は近づいてくる。
 確実に虫の群れとは違う重い音、まだ遠いが大きな振動。なによりそのペースがドス、ドス、と虫達の駆ける音に比べれば随分と遅い。いかにも大型獣の足音というように。

 そこで際限なく沸いていた虫の群れに終わりが見えた。
 視界の先、群れが途切れたその先から虫の姿が見あたらない。

「やった、終わったぞ」

 その声は左側から……馬鹿共の一人だろう。見えた光景に思わず安堵してしまったのだろうが、異変に気付いている他の連中はそれに賛同の声を上げたりはしなかった。そして発言した者も、すぐに大きな振動に気付いて顔を青くする。
 やがて姿を現したその化け物の姿を見た途端、セイネリアは声を上げた。

「虫共はもう放置していいっ、逃げてろっ」




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