黒 の 主 〜騎士団の章・二〜 【37】 バルドーは我が目を疑った。 目を離したのは大した時間ではない筈なのに、その足元には既にいくつもの死体が転がっていた。『彼』が敵に向かって槍を一振りするだけで簡単に新しい死体が出来上がっていく。弓部隊はおそらく真っ先に殺されたのか姿が見えない。弓部隊の後ろに目隠しをしていた連中もいた筈だがそれも殆どいなくなっていた。 槍を持って突撃する蛮族達はその槍刃が届く前に派手な斧刃で首を刎ねられるか、刺して投げ捨てられ、あるいはその柄でふっ飛ばされる。突撃の声を上げる蛮族達の声はすぐ悲鳴に変わり、新しい血が禍々しい槍を振るう男に降り注ぐ。 ――本物の化け物、いや死神って奴か。 周囲あちこちに火が揺れる中、派手な槍を持った男が血塗れで立っている。声も出さずに淡々と、その男は向かってくる者の命を刈り取っていく。がむしゃらに突っ込む事しか知らない蛮族達でさえ、飛び込んで行く時の掛け声が恐怖に震える、見ているだけで動けない者さえいる。 彼がヤバイ槍を持っているという話は聞いてはいた。 だが今、あまりにも非常識なその姿に、バルドーは口元がひきつってへんな笑い声が出る始末だった。今なら彼の馬鹿馬鹿しい程大袈裟な噂話が誇張でもなんでもなく事実なのだというのが分かる。あの競技会で見せた姿などこれに比べたら恐ろしいなんて言葉とは程遠い。 そのタイミングで後続部隊が入口を抜けて突入してくる。セイネリアに向かっていくのを躊躇していた敵連中に、後から来た味方が次々と斬りかかっていく。 入口周辺は一気に混戦状態となった。 偵察時に柵の向こう側が木をある程度切って整地されている様子を見て、セイネリアは魔槍を予め呼んで周辺に放置しておいた。 そうして実際戦闘開始となった時も、最初から魔槍で戦うつもりだったから剣を抜かず両手で板だけを持って突っ込み、敵にその板を投げつけてから魔槍を呼んだという訳だった。 傍に置いただけあって、呼べば魔槍はすぐに手に現れた。 弓を持っていたせいで盾も受ける武器も持たない弓持ちをまず最優先で片付けた。こいつらが残っていると後続部隊や、柵沿いの蛮族を潰しに行っている予備隊の連中に被害が出る。その次は弓連中のすぐ後に控えていた目隠しをした連中だ。おそらく、入ってすぐ光石を投げられた場合は彼らが突っ込む事になっていたのだろう。 そいつらが次々倒されて行けば、後方にいた連中もすぐに槍を一斉に前に出して走り込んでくる。だが魔槍の斧刃の切れ味は規格外であるから蛮族達の華奢な槍など簡単に柄から斬りおとせるし、そうでなくても向うの槍が届くよりこちらの刃が相手の首を刎ねる方が早い。 しかもそこに火矢が投げ込まれて、敵達は動揺の声を上げる事になる。 奴らの後方で何者かが叫んでいる。言葉は分からないが、どなり散らしている様からしてもしかしたらケイジャス側の撤退指示なのかもしれない。 けれど蛮族達は次々とセイネリアに向かってくる。仲間を虐殺した憎い敵を前にして、誇り高い戦士である彼らが逃げるなんて出来る筈がない。 ――戦いたがる蛮族共を止めたいなら、力で抑えつけておかないとならないだろ。 蛮族を指揮した事もあるセイネリアは分かっている。 蛮族達は撤退指示だけで大人しく逃げはしない。追うなと言ってあっても敵を見れば最後まで追いかけて戦う。それでも退かせるなら、彼らが恐怖するだけの力で押抑えつけておく必要がある。ただの協力者として策を授けた程度では無理だ。それは前回の戦いで分かっていたことである。 後ろから聞こえていた後続部隊の足音と声がすぐ近くまで来ている。 そこから間もなくセイネリアの背後から湧いた味方達は、視界の中の蛮族達に襲い掛かった。いつの間にか、蛮族達へ怒鳴っていた何者かの声は聞こえなくなっていた。 ――ケイジャスの連中は見放して逃げたか。 セイネリアの視界の隅にも、一部逃げて行った者は見えていた。それらはダンデール族のふりをして紛れていたケイジャス兵だったのかもしれない。 蛮族達はまだ戦う気だが勢いはこちら側が圧倒的で、出来上がる死体は蛮族達のものばかりだった。 こちらの場合、怪我をしたものはすぐさま後ろに退いて入口まで来ている後衛連中のところへ行けば治癒を受けて復帰が出来る。時間が経つにつれて減っていくだけの蛮族達が不利になっていくのは当然だろう。 流石に大回りをしてこちらの背後に回り込むだけの戦力は向うにはないとは思われるが、もしその様子があれば後衛の護衛連中が声を上げる筈だった。 念のため後衛連中は扉とバルドー達が投げ捨てた板を盾にしていて守られているから、不意の流れ矢を食らう事もまずあり得ない。入口脇の台にいた連中は撃ち落されているし、木に登って何かをしようとする蛮族が見えればすぐ後衛陣の弓役が撃ち落している。 もう自分がわざわざ暴れなくてもいいと見たセイネリアは足を止めて周囲の戦闘を眺めた。押されている箇所はない、全ては想定通りに運んでいる。 セイネリアは勝ちを確信した。 --------------------------------------------- |