黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【36】



 予定通りとはいえ、扉前で待ち構えていた弓部隊に躊躇なく単身突っ込んで行くセイネリアの背を見て、バルドーは正直自分のほうがきゅぅっと体が縮まった感覚が来て、早い話が震えあがった。

 突撃前、命知らずのあの男は言っていた。
 この貧相過ぎる扉を前にして向うが取り得る手は二つ。わざと突破させて中に引き込むか、扉を押さえて守るか。向うが扉を押してきたら逆に引いて向うから扉を開けさせて外に引きずり出せばいい、逆に簡単に扉が開いたなら――セイネリア以外の者は扉を盾にして両脇に避けろ、とそれが彼の指示だった。
 扉が破壊されたタイミングで上にいる弓役のところへは光石を括り付けた矢が撃ち込まれるからそれで上からの脅威はなくなる。ついでにセイネリアの予想では、上の弓兵が柵沿いの弓連中に指示を出しているからそれで蛮族の弓役達の連携が取れなくなる可能性が高いらしい。
 基本柵沿いにいる蛮族の弓部隊はまともに狙う程の腕がないからセイネリアを背後から撃てはしない、指示が出ないからどうすればいいのか分からずすぐ対処出来ない。だからその隙にこちらは速やかに行動する。

『俺が突っ込んだあと上の弓が始末されたらすぐあんた達も中に入って、両脇の柵沿いにいるだろう弓共の始末を頼む』

 言われていたから、すぐにバルドーは皆に指示を出した。

「こっちもいくぞ」

 こちらが突入したらすぐ後続部隊が来る筈だった、急がなければならない。
 セイネリアが予想していた通り、一人で突っ込んで行ったあの男に気を取られ過ぎて正面の弓部隊はこちらを見ていない。柵沿いにいた弓持ちの蛮族達も目がそちらに行っている、そして奴らは目隠しをしていない。ならこいつらを潰すのは簡単だ。

「目ぇ瞑れよっ」

 誰かの声が上がる。即座に光石が弓持ちの蛮族達の方へ投げられる。おそらく、入口を挟んで反対側の柵沿いへと向かった者達も同じ手を使った筈で、近くと遠くから蛮族達の悲鳴が上がった。
 柵の外から聞こえる声は後続部隊で、予定通り彼らも突っ込んできたのだろう。
 剣を抜き、光が収まると共にバルドーは走り出す。そうしてすぐ近くにいた目を押さえている蛮族のその腹に剣を刺した。
 刺した勢いで肩が蛮族の体にぶつかる。濁った悲鳴が耳の傍で聞こえて、恐らく最後のあがきだろう――素手で横腹を叩かれた感触がしたその後に相手の体から力が抜ける。地面に崩れて死体になった蛮族の男を見る。これが戦場だと自分に言い聞かせて顔を上げれば、少し先でコールドスが他の蛮族を斬って蹴り飛ばしていた。その先ではジャネッツがまた別の蛮族の首を斬りつけている、更にその先を見て……バルドーは急いで大声を張り上げた。

「おいガズカっ、一人で先に行き過ぎるなっ」

 足が速いのもあってカズカは一人で先にいってしまったらしく、他の連中から少し離れてしまっていた。
 彼は大人しくそれを聞いて足を止めると一旦下がる。バルドーは胸を撫でおろした。

 多くの蛮族達は目を押さえてもがいていたが、入口から遠いところにいた者達や目を閉じて逃れた者達は剣や槍をもってこちらに向かってきていた。人数だけならまだ向うの方が数は多い、ただ連中は先ほどまで弓を持っていたから武器を持ち替える分もたついている、その間にこちらはとにかく目についた敵を倒して数を減らす。
 けれどもそこへ、柵の向こうから矢が飛んでくる。高く放物線を描いてきた矢は、その先端が燃えていた。

「xxxxっ! xxxっ!」

 火矢が放たれたと思った蛮族が叫んで逃げ出す。思った通り、彼らは軽くパニックに陥った。
 彼らが驚くのは当然だ、常識的に考えてこんな森の中で火矢を使うなんてあり得ない。周囲に火が飛び移って森ごと火事になる、すぐ森から出られるような外れならともかく、こんな森のど真ん中では火を放った側も逃げられなくなるから火矢は普通使わないものだ。

――だが燃えない火なら話は別だ。

 ランプ用の魔法の粉を燃やした火には熱がない。他の物に燃え移らず、粉が燃え尽きたら火も消える。矢の先端に粉を付けて火をつけてから飛ばしているだけだから暫くすれば消えるが、敵を動揺させる程度の役には立つ。
 火矢は柵のかなり上、敷地内の出来るだけ奥に届くよう撃つ事になっているから、蛮族達にはそれが熱いか熱くないかはすぐに分からない筈だった。
 その混乱の間に、こちらは敵を始末する。数の不利はそれで更に補える筈で、思った通り蛮族達はまともに反撃も出来ず殺され、逃げ出す者も多かった。面白いように仲間の刃によって倒れていく蛮族達は、最早数の優位を言える程の状況ではなくなっていた。

 そこでバルドーは入ってすぐ、正面の敵に向かって言ったセイネリアの方を見た。あの男なら大丈夫だろうとそう思ってはいたし、ここまで順調に進んだのなら向うもどうにかしたのだろうとは思っていたが――振り向いて見えたその光景を見て、バルドーは思わずその場で棒立ちになった。

 崩れて逃げ惑う敵部隊の中央に、派手な斧刃を持つ槍を振り回す化け物がいた。




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