黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【38】



――まったく面白い事を考えるものです。

 ひたすら周囲を警戒して見回しながらシーナは思う。パーティに関わらず、シーナはあの男から後衛陣にいる連中の指示役を任されていた。光石を矢につけて使うのも、ランプ粉の火矢もあの男からの指示で、最初に言われた時は成程と感心したものだ。

――そういえばあの男も弓が使えるとか。

 だからこちらの事にも細かく頭が回ったのか。ランプ粉の火矢の脅しは蛮族くらいにしか使えないだろうが、光石の矢はこれから必ず常備しておこうと思ったくらいだ。なにせこれなら敵に当てる必要もない、隠れている敵の傍に撃ち込めれば相手は暫く戦闘不能になる。それからじっくり狙って落とせばいい。

――今回は報酬以上の益がありましたね。

 盾にしている扉の影から戦いの様子、特に上方面、奥の辺りに目を凝らしながらシーナの口には笑みが上った。
 だが視界の中、木に登っていく蛮族が見えたから扉から体をだして矢を射る。蛮族が落ちるのを確認して次の矢を用意する。矢は常に2本、光石の矢と通常矢を持っておく。今みたいに単独の敵が木に登ったり槍を投げようとしたら通常矢で撃ちぬくだけだが、複数人が離れた場所から何かを狙ってきたらまず光石の矢を撃ってから通常矢で落す事にしていた。
 既に戦場の勝敗は決している状態ではあった。
 味方は勢いに乗っている上に連携が取れている。残った敵はこちら以下の数しかいない上に、ただがむしゃらに向かってくるだけの馬鹿しかいない。
 今の彼女の仕事は後方から全体を見渡して、想定外の場所で何かあった場合、撃ち落とすなり知らせるなりの対処をする事である。勿論、まさかとは思うが後方から敵が出てくるなんて事態にも注意する。あとは怪我人がきたらその程度を見て治癒役連中に知らせる事だ。

「一人、来ます。自力で歩いてるので軽傷でしょう」

 こちらに向かってくる予備隊の恰好の人影を見て、シーナは事前にパーティーのリパ神官に知らせた。ただ言ってから少し疑問にも思う。近づいてきてそれがバルドーだとは分かったが、どうみても怪我をしているようには見えなかったからだ。

「こっちにウチの隊の連中はいないか」

 それで彼がこちらに来た理由が分かったが、即座にシーナは嫌な予感がした。

「いえ、いませんが……」
「俺らとは反対側の向うの弓を潰しにいった連中が見当たらないんだ」

 言われてシーナは扉の影から出ていって、バルドーが指さした方角を覗いてみる。
 作戦が失敗した訳ではなく、確かにそこには蛮族の死体が転がっていた。けれども反対側、バルドー達の担当だった方面の柵沿いも見てみれば、そちらよりも敵の死体は少ないようにも思えた。
 そこから考えられる単純な理由は一つ。

「逃げた敵を追って奥まで行ってしまったのかもしれません、まずあの男に報告すべきです」






 入口前の戦闘はあらかた終っていた。
 残った敵は逃げ出した連中だけだが、思ったより中は広そうだから好き勝手バラバラに動くのは良くない、数人ずつに分けて行動させるべきだろう。

 それを傭兵部隊の代表であるスレイズと話していたセイネリアのもとへ、バルドーがシーナと共にやってきた。

「隊の連中で見当たらない奴がいる」

 バルドーにそう言われて、セイネリアもすぐそのいない連中の察しはついた。

「あの連中か?」
「そうだ」

 正直、セイネリアとしてはそれで終れば無視してもいいかと思っていたくらいだったのだが。

「それと、グティックもいない。多分あいつらを追って行ったんだろうな」

 それにはさすがにセイネリアもスレイズとの話を止めて考える。例のクズ連中だけだと無事役目を果たせるか分からなかったからフォロー役としてグティックを向う側につけたのだが――まぁ彼も性格上、見殺しにして放っておけはしなかったのだろう。
 そこですかさずシーナが言ってくる。

「いなくなった者達の担当は南側の柵裏でしたから南方面に追って行ったと考えて間違いないと思います。騎士様の足跡を追えば見つけられると思うのですが」

 シーナは狩人だ、だからこその言葉だろう。地面は蛮族達の足跡でぐちゃぐちゃではあるが予備隊の連中の足跡は違うから追いやすい。セイネリアでもそれなら出来る。
 となれば……どうするか。
 後は掃討戦だから隠れている敵を探して殺すか追い払うだけだ。予定では8人前後づつ、5組くらいに分けて行うつもりだったのだが……少し思いついて、セイネリアは目の前の狩人の女に言った。

「シーナ、あんたのパーティメンバーを借りてもいいか?」

 彼女は一瞬、警戒するような顔をしたものの、暫くして平然とした声で了承の返事を返してきた。




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