黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【30】



「光石対策もだが、場所的に馬はなくても弓は使わないとは言い切れない。ちなみに槍を投げてきた奴はいたぞ。へたをすると手に入れていれば向うが光石を使ってくる可能性だってある。まぁ少なくとも、ケイジャスが取り得るレベルの手は使ってくる、と考えておけばいいさ」

 セイネリアの声は軽いくらいだが、それを聞く面々の表情は益々厳しく、吐く息も重くなっていく。

「それでも当然こちらの方が使える手は多い。なにせ装備の差と、何があってもあっちは術が使える人間はいないんだ。使える手を最大限に使えば戦力は何倍にもなる、まず負けない」

 勿論言う程簡単な事ではないのはセイネリアも分かっている。ただ今回、実際ダンデール族と戦ってみて思ったのは、確かに連中は蛮族でも原始的で頭は良くなく、もしケイジャスが奴らを動かしているとしても思うようにコントロールしきれていないだろうという事だ。

 なにせきちんと考えられる者が指揮出来ていたなら、今回の戦闘は起こらなかった筈である。

 そもそも自分達の拠点が近くにあるのに、敵より少ない人数の独立部隊が単独で敵に向かって行く意味がない。仕掛けるにしてもすぐ逃げて、自分達の拠点の近くまでおびき寄せてから叩く方がいいに決まっている。
 それが出来なかったのは、いかにも蛮族らしい『敵を見たら全力で叩く、逃げるのは臆病者』という考え方のままに彼らが動いてしまったからだろうとセイネリアは思っていた。

「その為にはまず、こちらの戦力を把握したい。特に魔法関係だ、あんた達それぞれの下にいる術者が何を出来るか教えてくれないか」

 そこまで言えば、バルドーが傍で耳打ちをしてくる。『まるでお前がこの部隊の指揮官だな』と。言葉自体は嫌味ではあるが、言い方からすれば呆れているだけだろう。そもそもここにセイネリアを引っ張ってきたのは彼である、この事態は最初から想定済みの筈だった。
 セイネリアは騎士団員としては何の権限もないが、ここにいる連中からすればセイネリアより上の地位と確実に言えるのは隊長様とバルドーだけだ。砦兵は騎士でさえないし、傭兵連中は権力よりも実力により重きを置くから、逆に上級冒険者であるセイネリアのいう事の方が実績不明な隊長より従ってくれるくらいだろう。

 そして隊長様本人は――会議さえもう聞く気もないのか、黙って青い顔で蹲っているここで唯一の貴族出の騎士に向けて、セイネリアは声を掛けた。

「隊長」
「な、……なんだ」

 怯えた目でこちらを見た隊長に、セイネリアは笑って見せる。

「『勝って』『生きて帰る』ために、今回の戦いは私に任せていただけませんか?」

 それには流石にバルドーが横で、オイ、と呟いて小突いてくる。隊長の傍にいた文官ブルッグが凄い形相でこちらを睨んでくる。
 勿論、セイネリアとしてはこれがどれだけとんでもない、あり得ない愚か者の発言かは分かっている。だがここで最終決定権があるのはあくまでこの隊長様だ。そしてセイネリアはこの男が『生きて帰る』事だけが望みで、本当はこの責任から逃げ出したいのだという事を知っている。

「もし失敗する事があれば、すべては馬鹿な部下の暴走のせいという事にして即撤退してください。逆に成功したとしてもそれは私の功績ではなく、それを許した隊長の功績となります」

 本音は責任を投げ捨てて真っ先に逃げ帰りたい隊長とすれば、これ以上いい条件はないだろう。ついでに言えばこの理由なら彼の妻も文句は言えない。どちらに転んでも隊長にはいいことしかないのだ、悩む必要もない筈だった。

「勝って……生きて帰れる……のか」
「はい、私はそれだけを考えています」

 文官は未だにセイネリアを睨んでいたが、この男としても生きて帰りたいには違いない。だから嫌な顔をしていても何も言わない、そうして隊長は……その顔に僅かな希望を浮かべて、けれど今にも泣きそうな、震える声でどうにか答えた。

「わ、分かった。お前に任せる」
「ありがとうございます」

 セイネリアは隊長に深々と頭を下げると、他の会議の面子の方を向いて顔を上げた。その顔には笑みはなく、琥珀の瞳はぞっとする程の冷たい威圧感を湛えて彼らを見据えた。

「なら話の続きをしよう。あんた達配下の戦力について詳しく話してもらいたい」

 その声はどこまでも平坦で冷静で、会議の面々の背が自然と伸びる。そうして心地よい緊張感に場が支配される中、冷たい琥珀の瞳はそのまま、口元だけでセイネリアは僅かに笑ってみせた。

「大丈夫だ、俺が勝つつもりなら負ける事はない」




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