黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【31】



 会議が終わって解散後、一応傭兵部隊の代表役となっているスレイズがわざわざ追いかけてきてこう言った。

「で、シーナ、あのセイネリアって奴をお前さんはどう思うよ?」

 横について並んで歩き出した彼に、シーナ・ヴァンサ・グローは軽く溜息をついた。
 彼が今回傭兵枠の代表になっているのは、参加パーティのリーダーの中で年齢が一番上だったからである。ただ仕事の実績はこちらのパーティーの方が上なため、彼は気を使ってほぼ毎回こうして会議後に意見を聞いてくるのだ。

「あの隊長様とセイネリア、貴方ならどちらの指揮下に入りたいですか?」

 そんな言い方になったのは、少々鬱陶しかったからだ。
 本来質問を質問で返すのは好きではないが、シーナとしてもあの男に対して感じているものはまだ明確な言葉にはし難かった。ただ感覚として分かっている事はある。それはスレイズも分かっている筈で、聞き返してみたのは確認も兼ねてだ。

「そらセイネリアだろうな、間違いなく」
「なら問題ないでしょう」

 言葉通り問題ない、同じ仕事をする相手としてスレイズはまともに使える男だ。
 それでそのままシーナが足を速めて行こうとすれば、慌ててスレイズが追いかけてきた。

「おい待てって。なぁ、さっきの戦いであんたあの男の戦いぶりを見てきたんだろ? どうよ、噂通りの化け物だったか?」

 それが聞きたいなら最初からそう言え、とは思ったが、別にそれを態度に出す事はない。ただ返答は難しい。正直なところシーナが今回見た範囲だと、噂通りの『残虐非道の化け物』と言われる程の強さかは分からなかった。

「化け物……という程かは分かりませんが、常に冷静で周囲が見えていて確かに強かったですね。そして自分の功に拘っていませんでした」

 言われてスレイズがククっと喉を鳴らす。その笑みの意味はシーナも分かる。

「あぁそりゃ確かに……負けたら自分のせいにしろ、勝ったら隊長の手柄でいい、なぁんていうくらいだからな」

 その通りだ。シーナが見たところでも、あの男の自分の功績に対する執着のなさは異常だ。騎士団員は傭兵のように金に直結しないとはいえ、普通なら自分の手柄は主張するものだ。ただあの男の様子からみれば、執着しないというよりも……。

「手柄など興味がないようでした」

 自分で言ってからシーナは考える。あの男が手柄に興味がないのは何故か。やる気がない……というのは違うから、手柄を譲ってあの隊長に恩を売るつもりか。あとは印象としてこの戦闘を軽くみている、彼にとっては取るに足らないものだと思っている――くらいか。ただ砦兵達の敵を舐めているのとはまた違うのは確かだ。

「確かにそんな感じだな。で、あんたはこの戦い、本気で勝てると思うか?」

 シーナは足を止めてスレイズの顔を見た、彼の顔は笑っていて不安な様子は見えなかった。だから思わず、シーナの顔にもふっと笑みが湧く。

「勝てるかどうかは分かりません。ただあの男の指揮なら勝てそうな気がしてます」
「同感だ」

 スレイズはその場で歯を見せてシシシと笑ってから、足取り軽く自分の仲間の元へと戻って行った。

――あれだけの自信の程を見せてもらいましょうか。

 シーナが冷静に見たところでは、今の状況でそのまま作戦続行は相当に危険だ。いつもであれば、向うの拠点まで行ってみて余程楽勝に見えない限りは傍に陣を張って向うを監視するに留めるよう進言するところだろう。それでも一応ソド族側へ援軍を出せなくは出来るからギリギリ命令違反にはならずに済む筈だ。出てきた時だけは戦闘になるだろうが、こちらから攻めるよりはずっと有利に戦いを進められる。

 だがあの男は勝てると言った。

 勝算もなくただハッタリで言っているだけ……とは思えない。まず戦力把握をするあたり本気で勝つつもりである事は確かで、あの男が考えもなしに暴れるだけの馬鹿でないのも確かだ。
 セイネリアの噂は残虐で非情の化け物とロクな言われ方をしないが、基本的にそれで味方共に勝って生還しているという話ばかりだ。味方であった連中は恐れはしても憎みはしていない。不利とも思える状況をどうにかしてきたと思える話も多い。
 そこまで聞いたら、期待したくなるではないか。
 だから現状あの男の言葉を信用するというより、この状況から本気で勝てるというのなら見てみたい、というのがシーナの正直な気持ちだった。勿論、少しでもボロを出したらさっさと見限るつもりはあるが……何故かそうはならない気はしていた。




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