黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【21】



 そこから2日は砦兵の仕事の手伝いと訓練で過ぎた。
 いい機会であるしそこまで長くはないだろうから、セイネリアは隊ではやる気のある4人と一緒に訓練をする事にして、手合わせで毎回彼らには痛い目にあってもらっていた。勿論普通に訓練面でのアドバイスもしたが、数日でいきなり身体能力の向上なんてのはまず無理だ。そもそももとの腕は悪くないのだからここまでくれば重要なのは精神面で、痛みと恐怖に慣れてもらう意図があった。
 なにせ今は砦内訓練であるから余程の大けがではない限り常駐の神官に治してもらえるし、ちょっとした打撲程度なら傭兵部隊にいるアッテラ神官が即治してくれる。まぁ派手にやり過ぎたせいで隊の者以外の連中はセイネリアにヘタに声を掛けてこなくなったが、それはそれで都合が良くもあった。

 だがそうしてこの砦に来てから6日目の夜、やはり連日の作戦会議でこちらと行動を別にしていたバルドーが夜、妙に深刻な顔をして部屋へと帰ってきた。
 いつもなら彼が帰ってきた途端雑談が始まるところで、大抵はバルドーが真っ先にセイネリアに向かって冗談混じりに『随分派手に皆に稽古付けてたみたいだな』と砦兵から聞いたらしい話を振ってきて、そこから今日の出来事を皆がバルドーに訴えるのがお約束だった。
 けれど今日のバルドーは部屋に入ってきてもずっと黙っていて、皆がその様子に驚いている中で自分のベッドに座ると、注目してくる連中に向かって告げた。

「例の作戦の決行日が決まった」

 詳しい事は明日の朝にあるからと言って話は終わりになったが、バルドーの表情からすればそれなりに厳しい役目を与えられたのだろうというのは分かる。その夜は皆会話も少なく最小限のやりとりだけで、気まずい空気の中誰ともなくさっさとベッドに入って眠りについた。

 そうして翌日、首都から来た連中が呼ばれて、この砦の指揮官である男から今回の作戦における隊の役目が言い渡される事になった。






「ったく、天気だけはいいのがまだ救いだな」

 それには同意して笑う者がいるが、その笑顔は硬い。
 蛮族達の討伐作戦の説明があってから3日後、決行日となった今日、第三予備隊は砦からの一部隊と配下の傭兵部隊を連れて目的地へ向けて出発した。とはいえトーラン砦の指揮官の話を聞いて以降、隊の士気は下がりっぱなしという状況だったが。それも仕方ないかとセイネリアは思う、なにせ首都から飛ばされてきたこのトーラン砦の指揮官が、見てすぐ頭が悪いと分かる男だったのだから。
 しかも頭の悪い男は頭の悪い作戦を、それはそれは熱意を持って説明してくれたのだから最悪だ。

『調査隊によって、最近やけに我が砦に攻撃を仕掛けてくる連中の拠点が判明した。こうして諸君たちという強力な戦力がいる今、一気に奴らを蹴散らしてやろうではないか』

 ……と、その意気込みは良かったのだが、その後に作戦説明をした彼の文官の話を聞いてセイネリアは頭が痛くなった。

 最近この砦を頻繁に襲撃していたのはソド族とダンデール族で、彼らの拠点が判明したからこちらから仕掛けるのはいい……のだが。

『蛮族共に反撃の余地なく、一気にカタをつける!』

 その言葉の意味が、砦の戦力を、砦を守る部隊、ソド族の拠点を攻める部隊、ダンデール族の拠点責める部隊の3つに分け、ソド族とダンデール族を同時に攻め落とす……という内容だったのだから、どんな馬鹿がそれを決めたのだといいたくなった。

 蛮族達は基本、違う部族同士は仲が悪い。だからこそ敵が同じなのにわざわざ別のところに拠点を構えているのだ、ならば一つづつ確実に潰していけばいい。どう考えてもその方が安全で確実なのに、わざわざ部隊を分けて同時攻撃に拘る理由が分からない。

 流石にいくらセイネリアでも、既に決まった作戦を指揮官が話している段階で異を唱えるなんて無意味な事はしなかったが、それにしても酷い作戦だった。こちらの部隊をわざと見捨てて壊滅させるためにこんな馬鹿な作戦を考えたのか……と思えるくらいだ。だがセイネリア個人やそれと組んでいた数人程度を見捨てるのならまだしも、50人近い部隊を全滅させたら上は責任を取らなければならなくなる。それが分かっていない筈はないから、作戦立案者や、それを決定した者がとてつもなく頭が悪かっただけだろう。恐らく、そのどちらものがあの『やる気だけはある無能』な指揮官だろうと思うが。

 しかも、セイネリア達の担当であるダンデール族についてもロクに知らされていないのだから話にならない。とりあえず揉めないためにも、そして行動を共にする砦兵の様子を見たかったのもあって暫くは黙っていたセイネリアだったが、目的地前に一度止まって偵察を出して待つ間、一度隊長のところへ話をしに行くことにした。

「隊長、少々お話があるのですが」




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