黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【20】



 4日目は朝の訓練に付き合ってから砦周辺の見回りについて行く事になり、説明を兼ねて第三予備隊だけではなく傭兵部隊も半数連れて砦の外に出かけた。

「よく攻撃を仕掛けてくるのはクット族、ソド族、ダンデール族、バジリダ族です。どの部族も住んでいる村は全てケイジャス領内にあると見られています」

 トーラン砦から森を抜けた先は蛮族が住む地域ではあるが、一応隣国のケイジャス王国の領地という事になっている。かの国の言い分によれば、蛮族達は我が国とは関係なく勝手に住み着いているだけだそうだが、それを追い出そうとする動きが一切ないあたりからして蛮族達とケイジャスは繋がっていると見られていた。
 そもそもケイジャスという国自身も新しく、元は蛮族と呼ばれていたジェスパゼア族が興した国である。蛮族達と繋がりがあって当然とも言えた。
 ケイジャスとしては堂々とクリュースに盾突くなんて事は出来ないが、勝手に住み着いた蛮族連中がクリュースに嫌がらせをしてくれるのは歓迎するところなのだろう。また国境周辺に蛮族がいる事で、ケイジャスの国民をクリュースに行きにくくさせる意図もあると思われた。なにせどこの周辺国でも自由の国として有名で裕福なクリュースに行きたがる者は多く、国民の流出が問題になっていた。更には戦争もないのに近年地味にクリュースの領地が広がっているのは、他国の国境村が自主的にクリュースに所属したいと申し出てそれらを併合しているからである。そのための対策としても、間に蛮族達が住んでいると都合がいいのだろう。
 だからケイジャスは自国領村へは攻撃をしない事を条件として蛮族にある程度の援助をしているに違いない――クリュース側ではそう考えている、との事だった。

「ケイジャス側に蛮族どもをどうにかしろと言っても、我が国にはそんな余裕はないと言われてしまえばこちらもそれ以上言えませんからね」

 説明役の砦兵が言えば、聞いているこちらの隊の連中も苦笑いをするしかない。トーラン砦を襲撃する蛮族の裏にはケイジャスがいる、というのは昔からよく噂をされている事ではあるが、それは噂ではなくここではほぼ周知の事実という扱いらしい。

「奴らがケイジャス領に入ってしまえばこちらは手を出せませんから、追い返す事しか出来ないせいでいつまで経っても終わらないという訳です」

 トーラン砦とケイジャス領の間にはキタラトの森という、さほど大きくはないがあまり人が立ち入らないため獣が多い森がある。今セイネリア達が見回りをしているのもその森なのだが、蛮族達は基本的にここからトーラン砦へやってくるそうだ。森自体はどちらの国のものとは決まっていないためこうして兵士を出す事は出来るが、森の外の向う側はハッキリとケイジャス領となっているため立ち入る事が出来ない。
 蛮族達の住居はケイジャス領側にあるから根本から叩くのは不可能、という状況だそうだ。

「襲撃自体の規模はさほどでもないと言われても、襲撃回数だけならトーラン砦が一番多いと言われているのはそのせいだったのか」

 グディックが言えば、前を行く説明役の砦兵が苦笑して言ってくる。

「そういう事です。ただこのところはあまりにも頻繁なので、どうも奴らはこの森の中に拠点を作ってそこからやってきているのではないかと言われています」

 そのため、第三予備隊がくる少し前に魔法職入りの偵察部隊が来ていてその拠点を探しているらしい。つまりは、その拠点の位置が割れたら殲滅作戦が行われるという事なのだろう。

「確かにこんなところを探しまわるなら、魔法がは必要だな」

 隊の中では一番体の大きいジャネッツが倒れた木を苦労してくぐってからそう呟く。人があまり入らない森は歩くだけでも一苦労だ。セイネリアは慣れているから問題ないが、同じく慣れている砦兵はいいとして隊の連中はついてくるだけでも大変そうだった。
 だがそうして歩いていれば、人の入らない森には似つかわしくないものが目に入る。

「こういうのは、奴らの拠点があった後か?」

 それにしては古いが、と思いつつセイネリアは聞いてみた。それは板で作られた塀のあとらしきもので、かなり壊れて苔や植物に浸食されているのも多いが、塀の前に溝が掘ってあるところといい、防衛のために作られたものであるのは間違いない。

「いえ、昔は森の中に見張り用の小屋が結構あったんですよ。当時はケイジャスがない代わりに向う側では常に部族同士が争っていて、その動向を探るためにも常に偵察部隊を配置していたのです」
「今はやっていないのか?」
「えぇ、ケイジャスが出来たことで部族同士の争いはそうそう起こらなくなりましたし、今攻めてくる蛮族達は砦が危険となる程の規模では来ないですからね。なにより、今はまず人手が足りません」
「成程」

 ちなみにきちんとした建造物として残っていると蛮族に利用されるおそれがあるから、ここを壊したのはクリュース側らしい。

「確かに、こういうところは向う側も見に来ているな」

 セイネリアが含みを込めて砦兵に言ってみれば、その意味を察した相手は一瞬訝し気な表情をした後に表情を引き締めた。

「えぇ……そうですね。やっぱり奴らの動きはかなり活発ですね。一度戻りましょう、出来ればここで戦闘は避けたいので」
「その方がいいだろうな」

 その砦兵が他の連中に向けて号令を掛けると、砦兵の間に緊張が走る。とはいえ平和ボケした隊の連中は訳が分からず困惑していたが。

「え? どうしたんだ急に」
「帰るのか?」

 だからセイネリアが彼らに言う。

「敵の斥候らしい人影がさっき見えた。すぐ消えたが、仲間を呼ばれて襲撃される可能性がある」

 腕は悪くないが砦兵に比べると平和ボケしている分緊張感が足りないのは確かで、言われて初めて彼らも焦って周囲に注意を払う。

「あぁ……気のせいじゃなかったのか」

 ただ他の焦る面々と違ってグティックだけはそう言っていた。確かにこの男は目がいい。
 傭兵部隊の方にも数人気付いた連中がいたようで、他の連中に説明をしているのが見えた。その顔は覚えておいていいだろうなとセイネリアは思った。




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