黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【19】



「うおぉぉっ」

 開始の声と共に突っ込んできたグディックの剣を、セイネリアはまず避けた。そのついでに腹に蹴りを入れればそれで終わりではあるのだが、それでは彼の長所が見れない。
 だからセイネリアはグディックが必死になって剣を何度も伸ばしてくるのを暫くはひたすら避けた。避けて、避けて、避けながら移動していく。
 そうして思った通り、セイネリアがある場所まで来た時、彼は正面から斬りかかってはこなかった。
 一瞬躊躇した後、代わりに彼は横方向へ回り込んで仕掛けてくる。セイネリアはそれを剣で受けてから軽く弾き返す。それだけで後ろへとよろけた彼に更に剣を伸ばす。グディックはそれを受けはしたが、不安定な体勢では受けきれる訳もない。それでも懸命を足を踏ん張って倒れないように頑張っていた彼だが、セイネリアが踏み込んで蹴り飛ばせばあっさりその体は吹っ飛んだ。
 彼の体が地面に叩きつけられる。
 倒れたままグディックは腹を抱えて咳き込んだ。
 見ている連中が溜息のような声をあげて、痛そうに顔を顰める。
 グディックは咳き込んだ後、えづいて暫く動けない。見ている連中が心配そうに見守る中、それでもどうにか落ち着いたグディックは、やがてゆっくりと起き上がると黙ったまま座り込んで下を向いた。

「あんたは目がいい。それに戦闘中でも周囲がちゃんと見えている」

 言えば、彼は顔を上げた。

「俺に必死になって斬りかかっていってる状況でもちゃんと周囲を見て把握していた。避けられたら後ろにいる奴に当たるかもしれないってところではあんたは突っ込んでこなかったろ。それに俺の剣、俺の動き自体はかなり目で追えていた」

 仲間達から、おぉ、という声があがる。

「だが、体がまったくついていっていない」
「そうだ、身体能力が足りなすぎる」

 自覚があるのかグディックは苦笑して、一度ため息をついてからセイネリアを見て言ってくる。

「……それで、俺はどうすれば強くなれる?」

 すがるように見てくる目に、だがセイネリアはあっさり言い放った。

「すぐに強くなるのは無理だ」

 グディックの目の中に失望の闇が下りる。けれどその目が閉じられる前にセイネリアは彼に言った。

「だが、どうすればより役に立てるかなら別だ、あんたは優秀な戦力になれる」

 それにはグディックの瞳が大きく見開かれる。

「戦場は一対一の決闘ではない、個人の戦闘能力が全てではない。あんたは積極的に突っ込んでいかずに、徹底して仲間のフォロー役をやればいい。常に周囲の状況を見て仲間に注意を促す。横から攻撃されそうな奴がいれば阻止したり声を上げて知らせる、一杯い一杯の奴の後ろを守る。あんたが自分の功を焦らず、徹底して他人のために動くなら隊としての生存率はかなりあがるだろうよ」

 聞いている内にグディックの瞳が光を取り戻し、その顔が希望に輝いていく。
 この男にもう一ついいところがあるとすれば、基本真面目で、一番訓練に気合いが入っているところだろうか。

「そのためにあんたが今やれる事は、意識して仲間の動きやクセを見て把握しておくことだ。仲間のフォローをするならその仲間をよく知っていなければならない。勿論、ただ見るだけじゃなくフォローが出来るだけの腕は必要だ。基礎訓練を重ねて出来るだけ自分の能力の底上げをする。目が良くても体がついていっていないのは勿体ない」

 どうやらヤル気になったらしい男は、そこで立ち上がると一度セイネリアに向けて頭を下げた。

「自分の役目がよく分かった。……感謝する」

 少々話しすぎたかと思ったセイネリアだったが、今回は隊として生き残る為に『使える』人間には役立ってもらわなくてはならない。だから上手く役立ってもらうために、セイネリアとしても彼らから求められた役を演じてやる事にしていた。
 とはいえそうは思っていても、予想はしていたが、他の連中から上がる声には少々考えるところだ。

「出来れば俺もっ、何が向いてるか教えて欲しいんだっ……が」

 ガズカが声を上げてこちらをじっと見ている。
 横にいる、ジャネッツ、コールドスも同じ目でこちらを見ていて、口を開こうとしている。別に同じ隊の彼らくらいなら協力してやるのも問題ないが、セイネリアを最初から知っていたらしい傭兵連中や砦兵までもが言い出しそうな顔をしていたから、彼らが声を上げる前にセイネリアは口を開く。

「構わないぞ、ただし、一度俺の剣を受けて痛い目を見る覚悟があるならな」

 ガズカだけではなく、他の連中にも聞こえる声で、しかも出来るだけ悪く見える笑みを浮かべてそう言えば、口を開きかけていた者、こちらへこようとしていた者達の顔が凍り付く。
 競技会でのセイネリアを見ていない連中でも、ふっとばされた後のグディックの様子は見ていた筈だ。痛みを怖がるような連中の相手をしてやる気などない。声を上げる前なら前言撤回する必要もないから余程の覚悟がない奴以外はふるい落とせる。
 思った通り、凍り付いていた連中の大半は引きつった笑みを浮かべて諦めたようだった。

 ただし、諦めてもらっては困る連中は別だ。

「あんた達は同じ隊の仲間だからな、折角だからまとめてどうだ?」

 ガズカ、ジャネッツ、コールドスに笑いかけてやれば、彼らは青い顔をして固まる。だが一度言った手前ガズカが少し涙目になりながらも、頼む、と言えば、他の連中も覚悟を決めたのか頷いた。

 そうして、彼ら3人がふっとばされて痛みにのたうちまわる姿を見た後でも尚、セイネリアに声を掛けてくる傭兵や砦兵は出てこなかった。




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