黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【18】



 トーラン砦は100人を超える兵を抱える、クリュースの東方面では最大の砦である。ただ100人超えとは言っても騎士団所属の者は多くなく、6割くらいは周辺領地の領主が出した兵であった。残りの4割は一応騎士団所属になるが東方支部の所属であるから殆どが地元出身者で、首都から派遣されているのは砦の責任者である指揮官とその参謀役の文官くらいしかいなかった。
 騎士団の地方支部や領主の出した兵は役職持ち以外はまず騎士である事はないから、現状騎士の称号持ちは指揮官と一部の部隊長、そして今回やってきた第三予備隊の面々だけとなる。

 それもあってか、第三予備隊の人間への待遇は基本的にはかなり良かった。大部屋ではあるが一人に一つベッドが与えられ、食事の優先順位も高い。砦兵達は皆向うから挨拶をしてきて様付けと、こちらを上に見てくれる。

 砦に入って一日が終わった後、その状況のせいか隊員たちの表情は割合明るかった。今日はまだ見張り当番もないため揃って各自就寝前の準備をしていれば、自然と始まる雑談でまずガズカが言い出した。

「……そっかぁ、俺らも地方へくれば首都の騎士様になる訳だよな」

 首都の騎士団でははみ出し者の下っ端であるため『騎士』の自覚に乏しい連中も、規律正しい連中から様付けで呼ばれれば実感が沸くのだろう。そこですかさずバルドーが皆に向けて言った。

「そうさ、無事騎士団の規定期間が終わって冒険者に戻れば回りからは騎士様扱いだ。事務局の扱いも違うぞ」

 それにはおぉっと声があがって、皆が嬉しそうに顔を紅潮させる。単純な連中だと思いつつも、こういう機会に気分を上げておくのはいいことだとセイネリアも思う。目の前に絶望をぶら下げられるより、希望で釣った方が人間力が出せるものだ。

「だよな……帰らないとな」

 グディックの呟きに、皆がそうだそうだと声を上げる。
 一応今はこちらのグループと共にいる事にしているセイネリアとしても、そこはバルドーに協力するつもりで言ってやった。

「当然帰るさ、俺にとっては今まで通りだ」

 それにもおぉっと声があがって彼らが笑う。
 セイネリア・クロッセスは傭兵として蛮族との戦に実際出て帰ってきている――それが味方なのだから自分達もきっと生きて帰れると、バルドーがそう言って皆に自信を持たせている事をセイネリアは知っている。その役目は引き受けてやるつもりだった。
 そこで皆ベッドに座っている中、ガズカが立ち上がって声を上げる。

「まぁそれにだ、騎士様ならここの連中に無様な姿を見せられないからな、しっかりしないとな!」
「だな!」

 この会話の中、バルドーの傍にいる連中はそれで笑い合う。既に覚悟を決めて鍛錬を重ねてからここへ来た連中は、たとえカラ元気でも気持ちを強く持つ意味を分かっているし、鍛えただけの自信がある。

 そうでない連中は……とてもではないが笑う気にはなれないらしいが。

 笑って盛り上がる連中とは離れて、こちらに舌打ちさえしている者達をセイネリアは見る。それでもまだ、戦場に放り出してみるまでは彼らをどうするかの判断は保留するつもりだった。





 トーラン砦での最初の2日は主に砦内の案内やらここでの決まり、砦の状況の説明がメインで基本はまだ客人扱いだった。ただ隊長とお付きの文官、そしてバルドーは作戦会議に出席している事が多く、あまりこちらと行動を共にすることはなかった。

 3日目からは砦兵としての仕事を受け持つようになったが、実際は仕事の説明を聞くのがメインで仕事をしたとは言い難い。あとは砦兵との交流を兼ねた訓練参加だが、砦兵が見ている中であるから当然手を抜ける訳がなく、いつも遊んでいる連中もさすがに真面目に訓練に参加した。とはいえ、明らかに他の連中に比べるとへっぴり腰に見えるから本人達もばつが悪そうな顔をしていたが。

 そんな中、セイネリアが剣を振り始めると、隊の連中だけではなく、砦兵や傭兵達の視線が集まる。

「あれがセイネリアか……」
「確かに、迫力があるな」

 傭兵連中は最初からセイネリアを目で追っていたのは分かっていたが、こんな首都から離れた地でセイネリアを知っていそうな砦兵がいるのは驚きだった。
 まぁどちらにしろ、今回の彼らは味方である。少なくともセイネリアが味方として期待出来るような人間であると思わせておくのはいいことだと思われた。
 けれど、セイネリアが暫く剣を振っていれば、他の連中とは少し違う、思いつめたような目でじっと見つめてくる視線に気付く。それでも暫く無視していれば、視線の主は思い切って一歩こちらに近づいて言ってきた。

「申し訳ないが、少し、相談したい事があるんだ」

 それは隊のグディック・ソン・ドーンで、その思いつめた表情を見て言いたい事は察しがついた。

「俺が強くなるためには……どうすればいいと思う?」

 セイネリアはそれに口を開きかけてから一度口を閉じ、代わりに軽く笑みを浮かべる。ここでただ言葉を返すだけでは面白くない、本気で強くなりたいなら相応の覚悟が必要だ。

「まず、自分の苦手な事と得意な事をよく理解する必要がある。そこからは人によって違う。得意なものを伸ばして苦手部分を極力晒さずに済むように動くか、苦手部分をとにかく克服するか」
「俺はどちらだと思う」
「さぁ。それは一度剣を合わせてみないと分からないな」

 それには流石に顔が強張って向うも即答出来ない。彼らは競技会でのセイネリアの姿を知っている。騎士団内でも名高いステバンやソーラでさえ模擬試合でふっ飛ばされているのを見ている。そこまで腕がない自分ならどんな目に合わされるのか分からないと思うのだろう。
 それでも、グディックはごくりと唾を飲み込んだ後に言った。

「なら……手合わせを……頼む」

 青い顔でそれでもそう返した事で、セイネリアは彼の覚悟を認める事にした。本人にも自覚があるようだが、単純な戦闘能力だけでいえばこの男はバルドーのグループの中では一番弱い。
 ただし、その中で一番と言えるような長所もある。だから『使える』駒にはなれる筈だった。




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