黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【17】



「クーア神殿は初めてじゃなくても、街間転送は初めてだな」

 クーア神殿に着けば周囲は転送待ちの荷物を持つ連中が列を作っていて、隊長が受付に行っている間他は外で暫く待たされる事になり、雑談をする連中はこぞってそう言い合いながら興奮した様子を見せていた。
 クーア神殿はいつも荷物輸送で一杯一杯であるから、ただの冒険者や旅人が気楽に街間転送なんていうのは使えない。なにせ人間の転送は気を使うという事で値段設定も高ければ予約も必要だ、特別に金のある連中以外は使うものではなかった。

「俺は樹海の仕事で一度使った事があるぞ」

 ただし一つだけ例外はある。樹海の仕事だけは国からの援助があって、行きの分だけは転送代を出してもらえる。行きだけ、というのがいかにも帰れない可能性を示唆しているようではあるが、それなりに冒険者生活が長いものなら転送自体は使った事がある可能性は高い。

「お前もありそうだよな」

 先程の声は傭兵連中の誰かだったようだが、それを聞いてバルドーがセイネリアに尋ねてくる。

「そうだな、あることはある」
「樹海の仕事か?」
「あぁ」
「ったく本当にさすがその歳で上級冒険者になっただけあるな。大方危険な仕事ばかり受けてきたって奴なんだろ」
「そうだな」

 この隊にいる連中は、そこまで長く冒険者をしていた者はいないようだった。冒険者生活よりも従者生活が長かったらしく、そのせいで腕は悪くはないが実戦経験が乏しい連中が多い。

「こっからパスカッドの街までは転送使わなきゃ10日以上掛かる。こういう時だけは上が金出してくれる雇われ生活も悪くないと思うな」
「確かにな」

 首都セニエティはクリュース国内でも北方面、ほぼ西の端にある。海が近いから南方面の元ファサン地区へ行く場合は船で済むが、西から東方面に行くのは基本陸路しかないからかなり時間がかかる。転送を使わないなら街間馬車が一番早いが、この人数を運ぶのは難しい。
 その辺りを考えて、予算と時間の兼ね合いから転送という事になったのだろう、とはいえ。

「ただ転送ならやっぱり、首都からさくっと行きたかったとこだがな」

 バルドーの不満そうな呟きに、セイネリアは笑って言ってやる。

「首都のクーア神殿は常に忙しいし、基本的に地方から送られてくるものの受け取り専用だ。だから首都から地方へ飛ぶ場合は首都から近いどこかの街のクーア神殿を使う事になる。ま、コザまでこなければならなかったのは近場に空きがなかったんだろうな」
「成程ね。ってか本気で随分詳しいな」
「仕事で組んだクーア神官から聞いた」
「クーア神官て……まったく、どんな仕事してくればそういうレアな知人が出来るんだよ」

 言いながらバルドーが頭を押さえる。

「なんというか……やっぱり上級冒険者になる人間っていうのは、普通じゃない仕事を受けてるんだな」

 そう言ってきたのはグディックという男だ。彼は自分の腕がそこまでではない事を自覚していて、セイネリアを見ては自虐的に愚痴をいう事がある。それに同意して頷く者が2人、ガズカとコールドスだったか。
 空気が微妙になったところで、バルドーがわざと気楽そうに言った。

「そこは仕方ないだろ、俺らはこいつと違う道を来たんだ。とりあえず今は、こいつがこっちの味方だってのに感謝して頼りにしときゃいいんだよ」

 それで皆の表情に笑みが戻る。他の連中も空気を察して明るくセイネリアに、頼りにしてる、などと声を掛けてくる。
 そうしている間に、受付へ行っていた隊長と文官と案内役がクーア神官とともに神殿から出て来た。

「準備が出来ました、こちらへどうぞ」

 雑談をしていた連中もそれですぐ立ち上がって歩きだす。ちなみに、神殿の転送では荷物は荷台毎送るのが普通であるから、神殿にある転送部屋は広くて当然入口も大きい。大きく開かれた転送部屋のある建物へは馬を連れたまま入って行っても狭さなど感じない。

「すごいな、ここが転送部屋か」
「一瞬で他の町までいけるんだろ? 途中酔ったりとかはしないのか?」

 転送自体が初めての者が多いから、その顔は殆どが不安そうだった。
 転送部屋の中央に描いてある円の中へ入るように言われて皆それに従えば、転送中にそこから出たら無事を保証されないと脅されるのは転送前のお約束だ。
 ただ向うも忙しいから、最後に確認をとればすぐに部屋の四隅にいる神官が呪文を唱えだして――騒ぐ間もなく、気づけば風景が切り替わって先ほどとは違う転送部屋、つまりパスカッドに着いていた。

「着きましたら早く外へ。人数確認等も外で行ってください。問題がある場合は受付へお願いします」

 パスカッドの神殿はコザの神殿よりも忙しいらしく、急かされるように外へと出される。出ればやはり外は転送待ちの連中でごった返していて、その中で旗を持った騎士団兵らしき二人組がこちらへ走ってきた。

「首都の第三予備隊の方々でしょうか?」

 どうやらトーラン砦からの迎えらしい。隊長が前に出て名乗れば二人はほっとした様子を見せたが、その表情には明らかに疲れが見て取れた。よくみれば装備類も傷やへこみがあるし、サーコートも汚れはともかくところどころに破けたあとがある。
 それだけで、頻繁な襲撃のせいで砦兵が疲れている、というのは本当だというのが分かった。





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