黒 の 主 〜騎士団の章・二〜 【22】 ぐったりとして生気のない顔は疲れているだけではないだろう、隊長は呼ばれると驚いてセイネリアを見て、それからすぐに目を逸らした。 「な、なんだ、私は特に何もしてないぞ」 何を言っているんだと思う以前に、何もしていないと言える状況があんたの立場としてどうなんだと呆れたが、これから行く戦場の事で怯えて頭が一杯なのだろうからそこは無視する。 「実際に戦闘に入る前に、いい機会ですから、敵側の情報を皆に公表して頂きたいのですが」 「わ、私がか?」 人前であるからここはこの隊長を立ててやる。セイネリアは隊長に向けて部下らしく頭を下げた。 「はい、そうです。現在この部隊では隊長が一番地位が高い方になりますので、皆その方からこれから戦う相手について具体的な説明を聞きたいと思っております」 「う、うむ、そうだな……」 本来この役はバルドーに頼むべきなのだが、隊長に対してはセイネリアが言った方がいい理由があった。まぁ彼には後で一応言っておく。 「たとえば、敵の数ですとか」 聞けば、隊長は顔を顰めて腕を組む。 「敵は……多くても50程度とは聞いているが……」 いくら装備と魔法補助があるとはいえ、こちらが攻める側とすればそれは楽勝と言える数ではない。益々部隊を分割している場合ではないだろうといいたくなるが、表面上は勿論表情を変えたりはしなかった。 「向うの拠点はどのような状況でしょう? ただ集まっているだけなのか、櫓や柵のようなものが作ってあるのか、何かわかる事があれば教えていただきたいのですが」 「んむ……柵、くらいはあると聞いている」 「馬や弓部隊は?」 「馬は、ない、筈だが……」 そのやりとりを流石に見かねたのか、そこで砦側の兵士の一人が前に出て跪いた。 「あの……失礼を承知で、もしお許しいただけるのでしたら私がダンデール族について説明をさせて頂こうと思うのですが……」 セイネリアは隊長に視線を向ける。隊長はすぐにその兵士に返す。 「許す、話せ」 兵士は顔を上げて、セイネリアをちらと見たあと視線を隊長に戻した。 「では、話します。ダンデール族は馬は基本乗りません。弓も使いません。奴らは蛮族の中でもかなり原始的な生活をしていて、木の棒の先にデキの悪い刃を括り付けただけの槍を使ってただがむしゃらにつっこんでくるような連中です」 それを聞いて他の連中がほっとした様子を見せる。この作戦に不安を感じていた連中も、相手がその程度ならそこまで恐れなくてもいいかと思ったのだろう。 だが、セイネリアは考える、妙な違和感が拭えない。 たとえば、原始的な武器として簡易的な槍を使うのはいいとしても、飛び道具系の攻撃手段が一切ないというのは普通はあり得ない。弓を使わなくても、代わりにスリング等で投石をしてくるとか、槍持ちなら槍を投げてくる可能性が考えられる。だがそれならそれで彼らと戦い慣れている砦兵が何もいわない訳はない。一応蛮族達の場合、彼らの名誉や誇りにかけて飛び道具を使わない、という事もない話ではないが……。ただとりあえず、今回の部隊を見てから気になっていた矢避けの魔法使いや神官はいないらしい……と、その理由はそれで一応理解はできた。 ただどうにも引っかかるものは残る。 特に、相手を雑魚だと気楽に見ている砦兵の部隊や、それ前提で作戦を組んだろう上の能天気さを考えれば、どうにも嫌な予感がして仕方ない。 「とにかく、事前にそれが聞けて良かった、礼を言う。相手が基本槍だというならこちらの戦い方がかわるからな」 それでも、ここで砦兵の意見にあれこれ言えばこちらとの間に亀裂が入るため、ここは素直に納得したことにして感謝の言葉を言っておく。槍の事を言ったのは他の連中への警告だ。砦兵は槍持ちが多いが、首都からきた連中では長物を使っているのが少ないからこう言っておけば警戒するだろう。 「まぁでも……奴らは頭が悪いので、光石を投げつけるだけでも簡単にバラバラになりますし、こちらの弓隊に馬鹿正直に突っ込んできてバタバタ倒れてますからね」 本気で油断しきっているらしくその表情は気楽そうで、砦兵部隊では笑い声さえあがっていた。セイネリアとしては益々嫌な予感しかしない。 「だが今回はこちらも弓役は少ないから油断はしない方がいいだろう」 セイネリアが見たところ、専任かどうかは置いておいても弓を持っているのは10人もいなかった。 「そうですね、でも光石はちゃんと皆所持しています」 「あぁだが、気を付けるにこしたことはない」 「はい、確かにそうですね」 砦兵はそれに少し表情を引き締めて、けれど機嫌は良さそうに仲間の方へと戻る。セイネリアは向うと話している間、間抜けにぼうっとしていた隊長へと体を向けると嫌味を兼ねて頭を下げた。 「それでは、ありがとうございました」 「あ……あぁ」 このウスノロは実際ロクな役には立っていないのだが、ここは便宜上礼を言っておく。臆病で無能だが、この男は自分は有能で人に認められるべきである――というエフィロットのような妄想じみた高いプライドを持っていないところが有難い。 あとは個別にバルドーや回りの連中に注意をしておくかと思って、セイネリアも隊長の前から立ち去ったの……だが。 セイネリアは立ち止まって、敵の拠点がある方角を見た。 「敵襲ー!!」 走る足音が皆にも聞こえたところで、その声が響く。 誰もが声の方を向く中、偵察に行っていた風の神の信徒らしい男がとてつもないスピードで走ってきた。 --------------------------------------------- |