黒 の 主 〜騎士団の章・二〜 【12】 「今日の予定だ。基本は団内訓練、昼休みは2回目の鐘の方だからな」 バルドーが告げれば、変わらず辛気臭い顔を並べた面々は無言で聞いて返事もしなかった。いつもなら2回目の鐘の方だと食堂が混んでると不満を漏らすところなのに。 「後はいつも通り、他に今日ここを使うのは第二隊と、第四隊だ。分かってるだろうが揉め事は起こさないような。以上、解散」 それには一応返事が返る。とはいえ普段からやる気のない返事が今日は更にやる気がない。そこからさらに気力のない顔で一部の連中は木陰へと歩いていったが、いつも通りすぐそこから自己鍛錬に戻ったセイネリアは別として、残った4人――すべて隊の中でもバルドーと行動していた連中である――はその場で突っ立ったまま何かいいたげな視線をこちらに向けていた。 「なぁ、バルドー。俺達はどうすればいい?」 思い切ったように声を掛けてきたのはグディックという男だ。彼は割合真面目で、サボっていた時でも終始サボっている訳ではなく朝礼後に基礎訓練だけはやっていた。 彼の言葉を聞いて思わず『はぁ?』と返しそうになったバルドーだったが、どうにか我慢して怒鳴りそうな声を抑えた。 「どうって……好きにすりゃいいだろ」 「いや、ヤバイ砦行きだろ、もし戦場に行く事になるならさ、何、するべきなんだろうって」 そんなの俺に聞くな――と本気で怒鳴りたくなったが、必死に自分を抑えて彼らの状況を考える。 とにもかくにも彼らがこれだけ不安なのは『戦場』というものの現状を知らないからだろう。勿論、バルドーもだが。 余りにも周辺諸国の中で圧倒的過ぎる国力を持つこの国では、同等の力を持つ勢力との戦争なんてファサン併合後はずっと起こっていなかった。地方砦ではそれなりに戦闘が起こってはいたのだが、首都にいる連中には遠すぎてまったく実感出来ないというのが実情だ。それでもどこぞの地方の戦いで戦死者が何人出たとかいう話は入って来るし、蛮族達がこちらの常識ではあり得ない残虐な殺し方をしてくるというのも噂として伝わってくる。 だから怖い。 平和過ぎて戦場をまったく想像出来ないから、ただ行くという事になっただけで絶望する。セイネリアが言っていた通り、予備隊とはそもそもそうやって地方へ派遣される前提の部隊であるのに平和過ぎて滅多に飛ばされる事がなかった。だからこそ皆、平穏に規定時間をここで過ごせばいいだけだと思い込み、実際飛ばされる事になったら何故俺達が、運が悪いと嘆く事しか出来ない。 ――あぁそうか、あいつは傭兵もやってたっけか。 予備隊が滅多に地方に飛ばされない原因には冒険者の存在もある。 小さな戦闘なら砦と周辺の領地からの援軍でどうにかなるし、それでも戦力が足りない場合は冒険者の傭兵を募った方が強くて安いのだ。 傭兵――つまり対人間相手で戦う仕事は基本実入りがいい。だから傭兵をやれる連中は化け物退治よりもそちらの仕事を多く取る。結果として、訓練だけで人を殺したこともない首都の騎士団員より傭兵の方がずっと使えるのは当然だ。 ――ならあいつにとっては別に、戦場に飛ばされる事もいつもの仕事みたいなモンか。 確かにそれなら平然としている訳だと思って、バルドーは少し考える。 「お前達は死にたくないんだろ?」 言ってみれば、グティックだけではなく、そこにいた他の連中も口々に肯定の言葉を出して頷いた。 「だったら、どうすれば死なずに済むか考えればいいだろ。少しでも生き残る確率を上げるためには何をすればいいか思いついた事をすればいい。死ぬ前にやっておきたい事をどうこういう以前に、そもそも皆生きて帰りたいんだろ?」 皆は返事をしない。けれど不安そうにこちらを見てくるから、バルドーはわざと一人でも変わらず剣を振っている男に視線を向けた。自然、他の連中の目もそちらを向く。 「少なくとも俺は、やりたいことがやれないのを嘆いて死ぬより、あと少し力が足りていれば死なずに済んだって思いながら死ぬ方が嫌だね。悔しくて悔しくて死にきれねぇだろ」 セイネリアはその視線さえ無視して一人で剣を振っている。剣の速さも体の安定感も確かにすごいが、ずっと見ているとなぜかぞっとするのは彼から感じる威圧感の所為だろうか。 「奴は冒険者時代に傭兵もやってるそうだ。バージステ砦の者とも知り合いだった。勿論死ぬ気なんか少しもないんだろうな」 そうすれば、皆は互いに顔を見合わせた後、それぞれ掌を握って握力を確かめたり、頬を叩いて気合いを入れたりしたあと、立ち上がって誰からともなく腰の剣を抜いて振り出した。 --------------------------------------------- |