黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【13】



 砦行きの話が出た次の日から、この部隊の連中の顔付きが明らかに変わったのをセイネリアは見ていた。その原因はバルドーが彼らに言った言葉だろう。

 面倒見が良くて人望がある――あえて言うならエルとアジェリアンの中間くらいのタイプだと思うが、運悪く彼の場合は置かれた状況と仲間がよくなかった。良い上司の下につくか良い相棒がいればもっと能力を発揮出来たのだろうが、彼は仲間に足を引っ張られて腐って自信を無くした。だめな連中を分かっていても切り捨てられないから自分もつられて沈んでしまう、損なタイプだ。
 ただそんなバルドーも、状況的に追い詰められて多少は吹っ切れたというところか。

――思ったよりは使えそうか。

 バルドーと彼の仲間達は、元から守備隊との練習試合に乗ってきた連中だったから最近ではかなりマトモに訓練をしてはいたが、それでもその時と今では目つきが違う。前は笑いながら楽しそうに剣を振っていたのに今はその顔が笑っていない。

――当然だな、目標が単に『勝ちたい』ではなく『死にたくない』になったんだからな。

 真剣さが違う、必死さが違う、力の入りようが違う。一番重要なのは『死にたくないから戦う』覚悟が出来た事で、これなら実際戦場でも戦力として使えはするだろう。
 お遊び試合の為の訓練中は顔ぶれの確認程度にしか彼らを見ていなかったセイネリアだったが、最近は真剣に訓練をする彼らの様子を見てそれぞれがどの程度使えそうかを計っていた。
 この隊の人数はセイネリアを入れて10人。現在必死で鍛錬してる連中は、見たところ少なくとも全員一般砦兵より少し上程度の腕はある。勿論実戦経験がない分、砦兵のどんな下っ端よりも最初は使えないだろうが。

――それで、使えなさそうなのは4人。

 訓練をする者を後目に相変わらずサボっている連中を見てセイネリアは思う。4人は全員セイネリアに嫌がらせをしてきたグループの人間だ。基本的に、彼らには戦力として期待はしていない。

 それでも現状を見ていれば、思ったよりはどうにかなりそうかと思うところではある。
 勿論、実際それでどうにかなるかは現場に行ってみないと判断は出来ないが、この連中と……後はお荷物の隊長様を生き残らせるのを頭に入れて動けばいい。

 そうして一人で剣を振りながらも他の連中を見ていたセイネリアだったが、そこに全く楽しそうではない、苦い顔で顔をしたバルドーが近づいてきた。

「てめぇを許した訳じゃないからな」

 小声でも聞こえる位置まで来てから、彼はまず第一にそう言った。
 セイネリアは剣を下して彼を見る。見れば見たで顔を逸らしてちっと舌打ちをしてからため息をついて、バルドーは嫌そうにまたこちらを向いた。

「ただよ……決まった事を今更どうこう言っても何も好転しないからな。なら今出来る、生き残る確率を上げられる事をするしかないだろ」
「賢明な判断だな」

 それには更に彼は顔を顰めたが、また舌打ちをしてから急に剣を振っている他の連中の方を向くとやけくそ気味に言ってくる。

「一番背が低いのがガズカ・ロセッティ、逆に一番デカイのがジャネッツ・フラハディ、で細くてひょろっとしてるのがコールドス・レギ、残る黒髪のがグディック・ソン・ドーンだ」

 今剣を振ってる連中の一通りの名前を言うと、バルドーはこちらを向いた。

「あいつらの名くらいは覚えておけ、あの姿見てどうでもいい奴とか言わせねぇからな」

 セイネリアは思わずふっと笑みに近い息を吐いた。まぁ確かに彼らは『仲間』として戦力となる、どうでもいい奴ではないかと思いながら。どうもバルドーは自己紹介をしてきたときのやりとりをかなり気にしていたらしい。会話や模擬試合のやりとりから大体分かっていたが、一度ちゃんと彼らの名前を聞くべきだったかとセイネリアは思う。

「いいか……俺にはお前の事が全然理解出来ない。だが……お前は実際自分に嫌がらせをしてた連中さえ危ない時にちゃんと助けてやってたからな、俺達が生き残るための戦力としては信頼出来ると思ってる」

 それはおそらく、例の下見に行った時の化け物の事を言っているのだろう。

「戦力としては、か。……認識はそれでいいが、別に俺は味方側なら何時でも誰でも助けてやる訳じゃない。より被害を小さくするためならどうでもいい奴から切り捨てていく。全員を助けようとして全滅なんてごめんだ、どこまでを助けるかは状況にどれだけ余裕があるかによりけりだな」

 それにバルドーは今度は顔を顰めはしなかった。そこは予想通りだったのか、彼は黙ってセイネリアの言葉を聞いてから、苦笑とはいえ、こちらへ来てから初めて笑った。

「そこは……そうだろうな。まぁいいさ、お前の言い方も裏を返せば、助けられる状況なら助けてやるって事だろうしな」

 セイネリアはそれをわざわざ肯定はしなかった。だが確かに、助けられる状況であるなら見殺しにするつもりはなかった。

「ただ一つだけ言っておく。いいか、貴様は責任もって最後まで、どんな状況になっても、その死ぬ気なんてまったくねぇってふてぶてしい余裕顔を崩すなよ」

 セイネリアは軽く眉を上げて驚いてみせた。

――成程、やはりこの男は分かってる。

 戦場に置いて何が大切なのか、それをちゃんと分かっている。セイネリアは今度は笑顔で、彼に了承の返事を返してやった。




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