黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【11】



 バルドーは下を向く。何も言わない彼を暫く見てから、セイネリアは彼に手を上げると背を向けた。
 だが、そのまま立ち去ろうとしたところで呟くように小さいバルドーの声が聞こえた。

「……分かってるのか? 戦場に行けば貴様だって命の危険があるんだぞ」

 セイネリアは立ち止まって振り返った。

「当然分かってるさ」

 バルドーが顔を上げる。睨んできた顔をセイネリアは薄い笑みを浮かべて見つめた。一瞬それで怯みそうになった彼だが、一度わななく唇を開くと思い切って怒鳴って来る。

「いくら貴様が強いといっても、戦場は個人の能力だけじゃどうにもならない事がある。目障りだとか、どうするか見てやろうなんて程度の気持ちで貴様は自分の命も危険に晒すのか? それとも自分は絶対に死なないとでも思ってるのか?」

 それに、セイネリアは軽く喉を鳴らしてから言ってやる。

「まさか。負けるかもしれない試合だから面白いように、死ぬかもしれない戦いだからこそ面白いんじゃないか。それに、他の連中の命がけの姿を見てみたいなら、自分も命くらい懸けるべきだろ」

 バルドーは舌打ちと共に吐き捨てた。

「狂ってるな、オカシイぞお前」
「あぁ、そう思ってくれて構わない」

 セイネリアは今度こそ彼に背を向けてその場を去った。






 翌日、バルドーが訓練場にやってくると、トーラン砦行きが決まってから通夜状態だった隊の空気はやはり重いままだった。怠そうに座り込んでいる者が多く、かといって前のように駄弁っている訳でもなく皆無口で表情が暗い。
 最近は守備隊連中との試合のためにかなりの者が鍛錬に励んでいたのもあって、余計に落差が激しく感じられた。

 ただ一人、セイネリアだけはいつも通り一人で黙々と剣を振っていて、そのあまりの変わりようのなさに思わず顔が引きつるのをバルドーは止められなかった。

 バルドーにはセイネリア・クロッセスという男が理解できなかった。頭がいいのか悪いのか――は今では迷わず頭がいい、とは断言できるが、悪人なのか善人なのかが分からない。言動とやってる事はどうみても悪人なのだが、彼には悪意と欲がない。他人を窮地に立たせるよう画策しておいて、蚊帳の外から笑うのではなく自分もきちんと同じ場所に立つ。

――何が望みなんだ、あの男は。

 騎士団の腐りぶりをどうにかしようなんていう高尚な志は、本人も言っていた通りないというのは分かっている。
 ひたすら強い人間と戦いたいだけの戦闘狂あたりが近いのかもしれないが、相手を打ち負かす事に快感を覚えるような人間でもないらしい。
 ステバン達守備隊の連中とのやりとりを見ていても相手に敬意を一切払わない人間という訳でもないし、戦い方はいつでも正々堂々の真っ向勝負だ。必要ないと言えばそうだが姑息な手段は一切使わない。競技会で残虐に見えたのだってわざとで計算の内……というのは彼に負けた連中の態度で予想出来る。

 確実に分かる事といえば『面白い戦い』をしたいのだろうという事くらいで、単純に一言で済ますならやはり戦闘狂という言葉くらいしか思いつかない。なのに頭はどこまでも冷静で――あえて言うなら冷静に狂ってるってところだが――その言葉の不気味さにバルドーはまた背筋が冷たくなった。

「なぁバルドー、砦行きはいつくらいになりそうなんだ?」

 座ってる隊の連中のところへいけば、隊ではバルドーのグループになるガズカが顔を上げて聞いてくる。その言葉に一斉に他の連中もバルドーを見た。

「まだハッキリ日にちは決まってない。ただそこまで先の話じゃない、前の例からしても一月以内には行く事になるだろうな」
「一月か……準備する暇もないな」
「そんなに知らせたりする人間が多いのかよ」

 わざと茶化して言ってみれば、ガズカは皮肉めいた笑みと共に言ってくる。

「いや、心の準備って奴さ。戦に出る前に思い残す事がないようにいろいろやっておきたいじゃないか」

 流石にそれにはバルドーでも返せる冗談が何も出てこなかった。笑う気にさえなれなくて、バルドーは軽く息を吐くと平坦な声で皆に向かって声をかけた。

「ほら立て、朝礼だ。座るのは終わってからにしろ」

 かったるそうに皆が立ち上がる。辛気臭い顔をした連中が生気の抜けたような顔で並ぶ。見ているだけでバルドーは何故か腹が立ってきた。





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