黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【10】



 それから十日程後、予想していた通りに、セイネリアの所属する第三予備隊にトーラン砦への派遣命令が下った。
 それを聞いた後の隊の連中の狼狽えぶりは笑えるくらいだったが、恐らく一番狼狽えたのは隊長様だったのだろうというのは予想がついた。なにせ流石に隊としての移動なら、いつものように無視して隊長室に篭っている訳にはいかない。しかもいざ戦いに駆り出される事があれば、最後尾で守られる程度は許されても戦場に出てはいかなくてはならない。あの気弱な隊長様からしたら怖くて逃げだしたいくらいの事態だろう。

 勿論、今日の仕事終わりの夕礼でバルドーがそれを皆に伝えた時、セイネリアは少しも驚かなかった。それを見て彼はこちらを睨んできたから、セイネリアは口元だけに笑みを浮かべてみせた。彼はそれにますます険しい顔をしたから――まぁ解散の後にお前は残れと言われたのは想定の内だ。

「貴様、知っていたのか?」

 言うなりこちらの胸倉を掴んできたバルドーを、セイネリアはまったく狼狽えもせずに見下ろした。

「何をだ?」
「俺達がトーラン砦へ飛ばされるって事をだ」

 唾を飛ばす勢いで怒鳴りつけてきた男に、セイネリアは笑ってみせる。

「当たり前だ、そのためにハリアット夫人の愛人ごっこにつき合ったんだからな」

 バルドーの目が大きく見開かれる。
 驚き過ぎて声も出ないようで、呆然としたままこちらを掴んでいた手の力も抜けて離れて行く。それからパクパクと声が出ないまま口だけが動いて、暫くしてやっと目に正気が戻った彼は怒りの形相を浮かべてこちらに殴りかかってきた。

「貴様っ、何のつもりだっ」

 セイネリアはそれを軽く避ける、だが気が収まらない彼は避けられて尚殴ろうとしてくる。そのどれもがセイネリアは当たらなくて、4回目の空振りをしたあとでセイネリアが彼の腹を足で押して地面に転がした。

「あの女は……競技会だけにしとけって……いっただろーが」

 起き上がりながらそう呟く彼は、地面に座ったままこちらを見上げてきた。

「あぁ、どうしてあんたがそう言ってきたのか調べてみたら、旦那が丁度いい役職の偉いさんだったからな、おかげで思った通りに事が運んだ」
「……つまり、貴様は最初からどっか危険なところへウチの隊が飛ばされるようにするつもりだったってことかよ」
「そうだ」

 バルドーは地面の土を握りしめる。それをそのままこちらに投げつけてきたから、セイネリアは腕で顔だけ覆った。バルドーは土を投げると同時に立ち上がってこちらに殴りかかってくる。それを一発目は下がって避けて、二発目の手首を掴む。それでも諦めずにもう片方の手でこちらを殴ってきたから、それも掴んで止めると彼の顔を正面から見据えた。

「いいか、あんたが今いる場所をよく考えろ。騎士団の予備隊というのは最初からどこかで戦闘が起こった場合に真っ先に送り込まれるための部隊だろ。規律が緩いのもここが団にとっては捨て駒置き場だからだ。ここにいる段階でいつでも戦場に飛ばされる覚悟くらいはしているべきだな」

 バルドーはそれに何かいいたそうに歯を食いしばったが、それでも腕から力を抜いたからセイネリアは手を離してやった。第三予備隊のまとめ役である男は、そこで頭をぐしゃぐしゃと乱暴に掻くと力が抜けたようにまた地面に座り込んだ。

「確かにそれはそうだが……だが大半は何事もなく規定期間が終わるんだぞ。貴様が余計な事をしなければそれで済んだのにって思って当然だろ!」
「何も起こらず規定期間を過ごせればいいなんて考え方は、腐って平和ボケした貴族騎士連中と変わらないな。奴らをクソだと非難する資格もない」
「うるせぇっ、人間なら誰だってわざわざ危険な目になんかあいたくないだろっ」

 セイネリアが近づいていけば、またバルドーは顔を上げて睨んでくる。

「……まぁ否定まではしない、が」

 セイネリアは分かっている。この男がこれだけ怒っているのは自分のためだけではないからだと。まとめ役としてこの隊を任されてる立場にあるからこそ、『仲間』を危険に晒す事になったのを含めてセイネリアを責めているのだ。

「時間をドブに捨てて自らを腐らせるような連中の気持ちは俺には分からないし、そういう奴らはハッキリ言って目障りだ。だがそいつらが本当にただのクズになりさがったのか、まだ使えるのか、それを見てやろうと思ってな」





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