黒 の 主 〜騎士団の章・二〜 【5】 はぁ、と重い溜息をついてバルドーは隊長室の扉を見た。どうせ聞かれる事は分かっている――とは思ってもロクに言える事もないから聞かれても困るのだが。 「バルドー・ゼッタです、入ります」 言ってドアを開ければ、珍しく隊長はまともに座ってこちらを見ていた。 「あぁ、きたか。あー……それで、最近の隊はどうだ……何か変わった事があったか?」 あいさつ代わりに聞かれるお約束のそのフレーズも、今は返す言葉を考えるのが難しい。喧嘩があってもそれで怪我人が出ても『何もありません』で済むが、真面目に訓練してるやつが増えたのは『何もありません』と言えないのだから困ったものだ。 「最近は……その、たまに守備隊の者達と交流試合をするようになりましたので、それに向けて訓練に気合が入っている者が多いです」 あからさまに『前と違って真面目にやる奴が増えた』なんて事は言えないから、言い方にも気を付ける必要があった。 「守備隊との交流試合か。……本当にやっているのか」 「はい、非番の守備隊員がくると自然とそういういう話になります」 「そうか……」 こう聞いてくるのだから隊長も噂で知ってはいたのだろう。その確認のために自分を呼び出した訳だろうなとバルドーは思う。 セイネリアのところにステバンが来て皆で試合をしたその翌日、ステバンは今度は同じ守備隊の者を数人連れてまた顔を出した。そこで当然前回対戦できなかった者達から試合開始となって、更にステバンの仲間の守備隊の連中もこちらの他の連中と試合を始めた。 そうすれば次にはステバンがいなくても試合をしたい守備隊の連中がやってくるようになって、その度に守備隊対予備隊の者での模擬試合が始まるのがいつもの事になった。今では噂を聞いて暇な野次馬や試合をしたいだけの連中も顔を出すようになったくらいだ。 また試合で負ければ悔しいから、次の試合のために守備隊の連中がいない時も真面目に鍛錬をする者が増えた。当然前通り訓練場の隅でだらけてる連中もいるが、少なくとも半数以上はまともに訓練時間にさぼらず訓練をするようになった。 ――奴は騎士団を変えるつもりなのか? ここがどうなろうが知ったことではない、と言っていたくせに……とあのどうにも得体のしれない男の数々の不気味すぎる発言を思い出してバルドーは不安になる。 ただどうにも彼の態度からして、彼本人も言っていたが――腐り切った騎士団をどうこうしたいというようなやる気のある……高尚な志があるようには見えない。しいて言えば『気に入らない連中をどうにかしてやる』くらいのつもりというのが一番近い気がするのだが。 「あー……で、それは……あのセイネリアという者のせいなのか?」 暫く黙っていた隊長にそう聞かれて、バルドーはすぐ返事を返せなくて固まった。だがここでヘタに誤魔化す意味はないかと思い直して口を開く。 「はい、この間の競技会で知り合いになった守備隊の者が彼を尋ねてきたところから試合をするようになりましたので」 ――で、そうだったらどうする気なのかね。 騎士団の隊のあり方として、真面目に訓練をするようになって悪い筈がない。だがへたに真面目にやってるといろいろ目立つ事になる。隊長としては『今まで通り、目立たず他と同じで』という状況がベストなのだろうが、まさかサボれとは言わないだろう。 「それでその……セイネリアはだ、何か暴れたり、問題を起こしたりは……してない、か?」 「別にその手の問題は起こしてはいませんが」 「そうか……」 歯切れの悪い言い方にバルドーは内心首を傾げる。隊長の様子からして、やけに汗を掻いて顔を拭っているあたり相当に言い難そうに見えた。 「まぁ……出来れば目立たない、ように。その……試合はいいが盛り上がるのはー……ほどほど、にだ。騒がないようにな」 模擬試合の禁止とまでは言わなくても、セイネリアに対して余分な事をするなと言っておけ、程度はあると思っていたのだが……バルドーは益々疑問に思う。そこで今まで黙っていた隊長付きの文官ブルッグが口を開いた。 「失礼ながら、あのセイネリアという男には今一度厳しい言葉を掛けておいた方がいいのではないでしょうか。勝手な事をし過ぎるなでも、目立つ事なとでも。また訓練とはいえ、試合をするならこちらに申請しろと言っておくのはどうでしょう」 ――まぁそんなところだよな。 だが隊長は額の汗を更に拭いながらも、それに同意はしない。 「あー……いや、問題を起こしていなければいい。問題を起こしそうになったら、あー……止める必要はあるが」 「ですが、それでは取り返しの付かない事態になる恐れも」 「いや、それくらいはあー……本人も分かっている、筈だ」 セイネリアの行動を気にしながらも、彼を擁護するような事も言う……隊長の意味不明な言動には疑問がひたすら沸いたが、そこでバルドーは前にセイネリアが言っていた言葉を思い出した。 『ウチの隊長様は婿養子の上にあの性格だからな、夫人に頭が上がらない。特に問題にはならんさ』 ――まさか、な。 バルドーは顔を引きつらせながら、その言葉の意味とこの状況を照らし合わせて出た結論に、また背筋にうすら寒さを感じる事になった。 --------------------------------------------- |