黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【6】



 いるだけでにぎやかな目立つ男は、周囲の視線も気にせず大声を張り上げてきた。

「ステバンっ、最近空き時間は予備隊の連中と試合をしに行ってるというのは本当か? 何故俺に声を掛けてくれなかったっ」

 まぁ言われるだろうなと思っていた相手に廊下で会うなりそう言われて、ステバンは少し強張った顔で無理矢理笑って言った。

「ソーライ、申し訳ないが、お前とは空き時間が合わなかったから声を掛けられなかっただけだ」
「そうか、なら次は何時行くんだ?」

 それにはちょっと額を押さえる。彼は裏表がない気持ちのいい男だが、思考や配慮が飛んでいきなり行動に出ようとするタイプだから困る。

「……いや、別に俺と一緒じゃなくても、予備隊の者と試合をしたいというのを数人つれて行けばいい。向うは団内訓練の時ならいつでもいいそうだ」
「そうか、だが俺がいきなり行ったら向こうも対応に困るだろう」

 ソーライは確かに話す時も勢いがあり過ぎるから慣れない者は対応に困るという事情がある……が、彼がそんなことをちゃんと気にしていたとは驚きだった。

「ならセイネリアのいる第三予備隊が団内訓練の時を狙っていけばいい。彼がいればお前がいきなり行っても困る事はないだろ。ついでに彼と手合わせ出来るぞ」
「おぉ、確かにそうだな!」

 ソーライは豪快に笑ってステバンの背中をバンバンと叩いてくる。正直彼のこれは少々強すぎて痛いくらいなのだが、へたにそれに苦情を言えばまた余計な話が始まるから黙っておく。

「あくまでただの訓練上の模擬試合だからな、相手も自分も怪我するような無茶はなしだぞ」
「あぁ分かってる」

 いや、お前は分かってないだろ――と自分の隊での模擬試合でも怪我人を出す男に心でつっこみつつもまぁ大丈夫かとステバンは思う。なにせソーライの事だから目的はセイネリアとの手合わせで、相手があの男なら怪我をしそうになるのはソーライの方だ。ならばソーライはともかく、あの男はちゃんと抑えてくれるだろうと思うからだ。
 それが出来るくらい、自分達と彼とは実力差がある。

 とはいえ、彼の強さは単なる剣の腕の話とは少し違うとステバンは思っている。

 あれだけまったく適わないと思っても、おそらく技術だけならステバンの方が上だと思える。クォーデンでも技術だけの話なら彼より上だろう。
 ただパワーと思いきりの良さ、それとくぐってきた修羅場の数――つまり命が懸かるような危険な状況を多く経験してきた故の対応力の差が圧倒的なのだと思う。

――技術が上、という言い方も違うか。ある意味技術とは経験だしな。

 経験の質がそもそも違うから、彼の強さはこちらとは方向が違って、向うの方が広く対応できるという事になるのか。
 彼に勝とうと思っていろいろ考えてみたのだが、今のところその糸口になりそうなモノは思いついていなかった。

 ちなみに、予備隊の訓練場へ行けば出来るだけセイネリアと一本は勝負する事にしているステバンだが、彼と試合をしたがる者はステバンの他にはまずいなかった。競技会と違って模擬試合ではステバンが怪我をするような事態になった事がないにも関わらず、他の連中がセイネリアに相手をして欲しいといいだすのは見た覚えがない。

 彼自身も誰かに声を掛ける事もなかったし、守備隊と予備隊員の試合をお膳立てした張本人のくせに試合を見ずに一人で剣を振っている事も多かった。だから何時まで経ってもあの男に対して皆は不気味な印象を持っているし、彼の残虐さを伝える噂は消えない。

 まるでわざとそういう立場でいられるようにしている気がする――何のために?

 普通なら自らの悪評をどうにかしようと考える筈で、守備隊と予備隊の交流試合なんてその為には最適な機会ではないかと思える。けれどあの男の場合、まるで自らその悪評を保とうとしているようで……実際その悪評だって、競技会で自ら作り上げたようなものだと考えれば……ますますステバンにはあの男が分からなくなる。

「……まぁとにかく、次予備隊のところにいく時は、一応こちらにも声は掛けてくれないか」
「あ……あぁ、分かった」

 上機嫌のソーライにはそこで別れを告げて離れる。
 そしてステバンは改めて考える。セイネリア・クロッセス――あの男はここで何をしたいのだろうかと。




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