黒 の 主 〜騎士団の章・二〜





  【4】



「別にあんた自身が遊ばなくても、遊びを知ってる連中と戦ってみればいろいろ分かる」
「成程」

 そこでセイネリアはぐるりと辺りを見回して、遠巻きに見ている連中を確認すると声を上げた。

「おい、あんた達は見てるだけでいいのか? 折角守備隊でも有名なステバン・クロー・ズィード殿が来てるんだぞ。見てるだけじゃなく剣を合わせてみたいって奴はいるんじゃないか? どうせ今なら訓練中のただの模擬試合だ、勝敗なぞ意味はない。それに見るにしてももっと近くで見たいんじゃないか?」
「お、おい、君は何を言って……」

 ステバンが焦って詰め寄ってくるが、セイネリアは笑って彼に耳打ちした。

「あんたも、あんたと真逆タイプの遊んでる連中の剣を知るいい機会だろ」
「そ、れは……そう、だが」

 ステバンも困惑しながら周囲を見回す。
 見ていた連中は最初はざわつくだけだったが、暫くすれば一人が思い切ってが立ち上がる。それを見て更に数人が立ち上がってこちらに向かってくる。

「少し待ってもらえるか、すぐに準備する」
「ならすぐに出来る奴はいるか? そっち優先だ」
「お、俺はすぐ出来るぞ」

 現状この訓練場には3つの予備隊の連中がいる。そこからバラバラと出てきた連中の顔付きは、成程それなりに腕に自信がありそうな奴だろうというのは分かる。

「いやその……この人数は流石に厳しいぞ」

 ステバンの表情が引きつっている。セイネリアは殊更気楽そうに答えた。

「無理というところで今日はここまでとあんたが言えばいい。どうせただの模擬試合だ、あんたの都合で終わりになっても誰も文句は言えないさ。ただ良ければまた今度、次は他にも試合をしたがりそうな連中を連れてきてくれるといいな」
「……どういうつもりだ?」
「守備隊と予備隊、影で悪口を言い合ってるより、いっそ実際剣を合わせてみたほうが互いのためだと思わないか?」

 それでステバンは納得したのか肩を竦めて剣を抜く。
 すぐに出来ると言っていた男は準備をしてステバンを待っていた。

 予備隊の連中がいくら怠惰に慣れていたとしても、騎士にまでなったのだから本来は腕に自信がある者ばかりの筈だ。そういう連中なら他人の『いい試合』を見ていれば気分が高揚するのは当然で、そこで普段ならそうそう手合わせなんて出来ない強いヤツと戦えるとなれば黙っていられないだろう。しかも勝敗に拘る事もない訓練内で、負けたところで誰も笑わない相手とくる。更に言うならその人物は、悪意を持って痛めつけてやるなんて事を思う筈がない高潔で真面目な人物だと知れ渡っている。多少なりとも戦う者の矜持があるなら、ここで立ち上がらない筈はない。

――苦労して騎士にまでなったんだ、本物のクズばかりじゃないんだろ?

 ようはヤル気になるか、強制でやらせれば使える連中が殆どの筈だ。腐らせているのは上の仕業で人材自体が使えない訳ではない。まぁ勿論、使えないところまで腐ったクズもいるだろうが。

「魔法はなしで頼めるか?」
「あぁ、構わない。人数がいるから一本勝負でいいだろうか」
「それでいい、じゃぁいくぞっ」

 突っ込んでいく男の剣をステバンが軽く受け流す。周囲から声が上がる。
 試合が始まれば、見るために近づいてくる連中が更に増える。こちらにこなくてもそわそわして来るか悩んでいる者まではまだどうにかなる方の人間だろう。ただこちらに来ている連中を馬鹿にして視線を逸らす連中は――あれはもう腐り切って使えないなとセイネリアは思う。

「おい、どういうつもりだ」

 掛けられた声はバルドーで、視線は試合をしているステバンに向けたままセイネリアは答えた。

「やっぱりウチの隊ではあんたとあんたのお仲間が来たか。ただ残念だが、あんた達までは回りそうにないな」

 それには舌打ちの音がして、それから今度は少し怒った声が返ってくる。

「はぐらかすな、何を企んでるんだお前は」

 セイネリアはそこでやっとバルドーの方を向いてやった。

「何、一人で訓練も飽きたからな。それに誰にとっても悪い事じゃないだろ?」

 この状況だけならな――と心で呟いて、セイネリアはまた視線を試合に向ける。バルドーはそれ以上声を掛けてはこなかった。

 流石にいくら元の腕は悪くなくてもステバンに勝てる程の者はおらず、既に2人が負けてステバンは三人目と対戦していた。見ている連中は自然と声を上げて盛り上がり、それを見て悩んでいた連中も思い切ってこちらにやってくる。
 彼らの表情は、少なくともサボっている時よりはずっと楽しそうには見えた。




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