黒 の 主 〜騎士団の章・一〜 【53】 どうなることやら、と思った競技会自体はどうにか無事に終わった。 ……のだが、ほっとする間もなく起こっている問題に、バルドー・ゼッタは現在頭を抱えるような毎日を送っていた。 ――まったく、何考えてるんだあの男は。 セイネリア・クロッセスという男は頭がいい……のだとあの競技会が終わるまでは思っていたが、現状本当にそう言い切っていいのかバルドーは分からなくなっていた。 とにかく、あの競技会でエフィロットが怪我して試合辞退となったのに関しては、あの男が裏で何かしら手を回した……と思って間違いないとバルドーは思っている。なにせ言動からして最初から何かたくらんでいるようではあったし、全体的にあまりにもあの男は常に余裕があり過ぎた。 ……のだが、競技会後のあの男の行動を見るとそれが全て疑問に変わった。 というのも競技会以後、あの男は休日の度に外出許可を取って、どうやらあちこちの貴族の女性の家を渡り歩いているらしいのだ。 まぁ、競技会が終わると優勝者に貴族女性から一斉にお誘いがかかる、というのは実はもう恒例のお約束という奴で別に驚く事ではない。去年はステバンがそれで断って回るのにえらい大変だったと噂で聞いたし、誘いがくるという話だけなら問題はなかった。 問題はあの男がその誘いに片っ端から乗っているらしい事で、それでバルドーは彼が分からなくなった。 頭がいいのか悪いのか、実はただの下半身直結男だったのか、とか。バルドーが知る範囲だけでも既に4人以上の女に手をだしたらしく、どう考えても後先考えてなさすぎるだろうと思わずにはいられない。 だからあまり気が進まなかったが、彼から直接事情を聞く事にした、という訳だ。 「話は何だ?」 訓練終わりに呼び出したところへきた男は、やっぱり平然とした顔でそう聞いてきた。なんだかあまりの平然ぶりに余計バルドーの頭と胃が痛くなるくらいだ。 「何で呼び出したなんて本当は分かってるんだろ、誰彼構わず女の誘いにほいほいついていって問題ないとでも思ってるのか?」 「基本来るものは拒まない主義だが、誰彼構わずではないな」 やはり平然と……というか、どこか楽しそうに黒髪に金茶の目なんて物騒な色合いを持つ男は答える。バルドーは頭を押さえた。 「ならなお悪いっ、お前、まさか相手の女がどんな立場か分かってて手をだしてるんじゃないだろうなっ」 この時までバルドーは、『まさか』とつけたようにセイネリアが面倒な事になりそうな女性ばかりを選んで誘いを受けているなんて思いもしていなかった。なにせ誰がどう考えてもそんな事をするメリットがない。デメリットだらけで、しかもそのデメリットが相当ヤバイのだから普通はあり得ない。単なる好みで選んでいるだけの話だと思っていた。 けれど目の前の男は笑みさえ浮かべて、さも当然だというように言ったのだ。 「当たり前だ、分かっていて手をだしているに決まってる」 バルドーは固まった。まさに言葉通り開いた口を開いたまま閉じることさえ忘れて暫く相手の顔を見た。 「な、なら……セイシャル・フェノア・ネイテってのが何者かもわかってるのか?」 「勿論、我が隊の隊長様の奥方だ」 バルドーは頭を抱えた。こいつは本気で何をするつもりなんだと疑問で頭が一杯になって、考えても分からなくて頭がショートしそうになった。それでもバルドーの頭で理解出来た事はたった一つ、『この男はウチの隊でわざと問題を起こそうとしている』という事くらいで、どう返してやろうかと思いつく限り一番酷い罵詈雑言を考えていたら――憎らしい程平然とした男は不気味な笑みと共にこう言ってきた。 「なんだ、あんたが言ってるのはネイテ夫人の事だったのか。なら安心しろ、ウチの隊長様は婿養子の上にあの性格だからな、夫人に頭が上がらない。特に問題にはならんさ」 なんだろう、この男の余裕は。確かに隊長の性格を考えれば奥方に頭があがらないと言われればそうかもしれないとは思うが……言い方からしてもっとヤバイ何かがあるのか。考えれば考える程悪いことばかりが思い浮かんでバルドーはなんだか寒気がしてきた。 「おい、もしかしてそれだけじゃないのか? 何企んでやがる」 冗談というオブラートに包む余裕もなく素の声で聞けば、目の前の男は軽く鼻で笑った。 「何、俺はてっきり別の婿養子殿の奥方の話なのかと思っただけだ」 「……なんだその別の婿養子殿ってのは」 バルドーは嫌な予感がした。それはもう、さぁっと背筋が冷たくなるくらいのとんでもないレベルの嫌な予感だ。 唇だけに笑みを浮かべて、まったく笑っていない目を細めて彼は呟く、楽しそうに。 「直に分かる、忙しくなるぞ」 その金茶色の瞳に得体の知れないモノを感じてバルドーはぞっとした。 --------------------------------------------- |