黒 の 主 〜騎士団の章・一〜





  【52】



「ですので私の方は問題ありません、ただもしエーレン嬢に対して何か尋ねられる事あったら、どう話せばいいのかはレンファンさんが全部分かっていますので口裏合わせはお願いいたします」
「分かりました」

 ザラッツが安堵した笑みでそう答える。
 そこで近づいてくる足音に気付いてカリンは顔を入口へ向けた。すぐにザラッツもレンファンも緊張した表情でそちらを見たが、カリンには足音でそれが誰のものか分かっていた。なにせ今、そもそも騒ぎも起きずにすんなりここへ通される人物なんて部下の他には彼しかいない。

「さって、約束通り送り役をしにきてやったぞ。……なんだ、あの男はいないのか」

 魔法使いケサランは部屋に入ってきた途端、不機嫌一杯という顔で偉そうに腕を組んだ。それを見てレンファンが立ち上がると、ザラッツも不思議そうに魔法使いを見ながら立ち上がった。

「……貴方がケサラン様ですか。今回はお願い、いたします」
「あぁ、約束だからな。ちなみにこの件については秘密というのは了承しているな?」
「はい、分かっています」
「ならいい」

 魔法使いとの接点がほぼなかったザラッツは、ケサランに対して恐る恐るといった話し方になる。ただ基本相手に対して礼儀正しい男であるから魔法使いの気に障るような事はないだろう。

「ならいくぞ」
「あ……その、少々お待ちください」

 ケサランが杖で床をトン、と叩くと、ザラッツが少し慌てて彼を止める。それから根が真面目な騎士は、カリンの方を向くと改めて一礼してから言ってきた。

「それでは、また首都にくる用事があれば連絡します。次はぜひ彼に会いたいところですが」

 それにすかさず魔法使いが怒鳴って来る。

「まったく、人に用事を頼んでおいて自分はいないとか本当にムカつく男だ。次に何か頼む時は、きっちり文句をつけてやるからちゃんと本人がいろと言っておけ」

 カリンは笑ってしまいそうになったが、ここは大人しく頭を下げておいた。

「はい、申し訳ございません。今回ボスはどうしてもこちらにくる時間がなかったのでお許し下さい」
「優勝者ですからね、いろいろあるのでしょう」

 フォローするようにザラッツはそう言って来たが、カリンとしてはそれには思わず言葉を濁したくなる。

「えぇ、そうですね……」

 カリンが微妙な返事をしたせいかザラッツは僅かに眉を寄せたが、カリンがそれ以上言わなかったため聞くべきではないと思ってくれたらしい。
 そこでケサランがまた『いくぞ』と言ったため、あとは見送るだけになってカリンは軽く頭を下げる。そうして次に頭を上げれば彼らの姿は部屋から消えていた。
 ほっとしたように安堵の息を吐いてから、カリンはそこで困ったように呟いた。

「ボスは……今度は何をされる気なのでしょうね」

 ザラッツには言わなかったが、競技会が終わった後に彼女の主である男が忙しいのは、競技会の優勝者として騎士団で何かあるというより……実はあちこちの貴族女性から誘いがきているからであった。

 貴族女性たちの間のエスコート役に関する暗黙の了解的なルールは、あくまで競技会の間だけのもので競技会が終れば無効らしい。という事で表彰式の後にはたくさんの貴族女性からの手紙がセイネリアのもとへきていて、その対応で暫くは休日でもほとんどワラントの館の方へは来れないだろう、とカリンは言われていた。
 勿論、主から言われたのはそれだけではなくその誘いがきたという女性それぞれについて調べておいて欲しいという命令も含まれていたから、彼がただ遊ぶためだけに彼女達の誘いに付き合う訳ではないというのは明白だ。というかそもそも、あの男が女の相手をするのはそれに不随する情報や状況作りがメインで睦事はついでのようなもの……というのも分かっている。

「とはいえ、今回はどうみてもわざと面倒を招いているように見えるのですが」

 エフィロットを脅して辞退するように仕向けたのは、へたにあの馬鹿息子に勝って上からの怒りを買わないためだった筈である。なのに今回は……カリンは主の顔を思い出して苦笑する。
 それでもきっと、あの主のことであるから全て予定通りの行動なのは確実で、自分が心配する必要はないと思うしかなかった。




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